共励成人式2014で、懐かしく楽しいひとときを過ごしました。

1月12日に、共励成人式を行いました。15年前に卒園した子供たちが、成人し共励保育園を再び訪れてくれました。当時の5歳児の担任の先生や0歳・1歳の頃に担当した先生たちと、懐かしい楽しいひとときを過ごしました。

共励保育園には、当時の先生の多くが現在も勤めており、幼い子供たちの保育をしています。そんな保育園が共励保育園です。

成人した卒園生たちが、当時のお泊まり保育のビデオを見て、小さかった頃の自分を思い出し、そして自分たちの次のステップへと進みます。まだまだ、自分の道を見いだすには早いかもしれません。「女は35歳から」と木の実ナナも言いました。

途中でも、一度自分の小さかった頃に戻って、もう一度これから立ち向かう人生に向かって、心を新たにする機会としての「共励成人式」は、それなりに意味のあることではないかと思っています。

退職した保育士たちにとってもこの共励成人式は、当時の同僚と懐かしい思い出話をする楽しいひとときを与えてくれます。ビデオに映し出された15年前の自分の姿に、若かったころを思いだし、ちょっと喜んだり、ちょっと悲しんだりと複雑な心境もありますが、子供たちと過ごしたひとときを思い出し、言葉が飛び交います。

これからも、共励保育園は成人式を続けます。

当時のアルバムを見て・・・「これが、俺?」
当時のアルバムを見て・・・「これが、俺?」
いやー、お世話になりました!
いやー、お世話になりました!
みんなきれいになりました!えっ?担任の先生も映ってる?
みんなきれいになりました!えっ?担任の先生も映ってる?
あの頃は、いろいろあったねぇ〜!
あの頃は、いろいろあったねぇ〜!
昔の話に花が咲く!
昔の話に花が咲く!
そうね、そんなことあったかしらねぇ!
そうね、そんなことあったかしらねぇ!
あの頃は、失礼しました!
あの頃は、失礼しました!
今は、経済の勉強をしています。
今は、経済の勉強をしています。
記念写真です。
記念写真です。
連続写真にびっくりしました。
連続写真にびっくりしました。

運動会のアンケート(2)

再び、運動会のアンケートから

 

運動会では先生方のご指導やご準備のお陰でとても楽しい運動会ができたと思います。

親子での騎馬戦はとても楽しかったです。

親が見るだけの運動会ではなく、子供たちと一緒に楽しめる運動会なので、私がこの歳になって騎馬戦ができるだなんて〜〜Happyです。

小学生になると、見るだけの運動会になってしまうので残念です。

年長さんのリレーを見て、年中さんとの走り方がこんなにも違うんだとびっくりしました。子供の1年間の成長はすごいですね。

園長先生が負けたり勝ったりの中でいろいろな事が学べるというお話がありましたが、最近ではいっせいのせでゴールするとか、そんな話も聞きますが、

やはり、「全力を尽くして負ける」、「全力を尽くして勝つ」からこその喜びだったり、悔しさだったりだと思います。

私も中学・高校と全力でテニスを頑張ってきました。

一生懸命頑張ったからこそ知れた感情が沢山あります。

子供にも、そういった感情を感じる事のできる人生を送ってもらいたいので、とにかく、何事も全力でがんばってほしい。

どうもありがとうございました。

 

意欲の源

共励保育園の4:4:2の法則の運動会が終わった。

どの子も、意欲満々。それぞれの競技に挑戦していた。子供たちの懸命に努力する健気な姿に涙する親は多いはずだ。子供たちは、かくも大人を幸せにしてくれる。

その子供たちの意欲はどこからくるのか?

私の運動会の保護者への挨拶に毎年欠かさない言葉がある。

「子供たちを精一杯応援してください!子供たちは皆さんの応援を食べておおきくなっていくのですから!」

光の子どもの家の菅原哲男さんの著書「誰がこの子を受けとめるのか」の165ページに「意欲」と題した一文がある。是非、ご紹介したい。

『意欲』

先日、学校の先生の家庭訪問があった。その中で、「どんなに手立てを尽くしてやっても、子どもに向上への意欲がないと教師はお手上げです」という話があった。

過日、光の子どもの家を会場にして、埼玉県児童福祉施設職員研究会が行われ、ここでも学習意欲のない子どもへの学習指導はお手上げであると言葉をきわめて語られていた。馬を川に連れていくことはできるが、水を飲むのは馬の意欲の有無による、と。

確かに意欲のない子どもへの教育は不能なのかも知れない。しかし、本来的に意欲を欠落させていた子どもなどいるのだろうか。

子どもは生まれる前から様々な意欲を表し続け、何も分からないと思われる新生児が最も活動意欲に溢れ、乳児の外界への知的あるいは身体的なそれは途絶えることがない。幼児から小学校入学前後までの、あらゆる事物への旺盛な意欲は誰にも止めることなど出来ないほどである。そんな意欲が、その後、消失するのは何故か。

自分の行動範囲や知的世界の拡大を望まなくなるのは、子どもの裡に原因があるとは考えられない。

(大人は)意欲を何らかの理由で失ってしまった子どもの状況を、表面的にとらえ、対症的に対応し、矯正しようなどと試みるようになっていく。子どもにその原因をどんなに熱心に尋ね、子どもをいじくりまわしても、その解決はできないのである。断じて。

教師にしても施設職員にしても、自分が意欲を削いではいないかと疑うべきである。技術や知識や姿勢や方法等に問題はないかと。子どもの問題の多くは関わる大人の問題なのだから。

とは言え、養護施設に学習意欲の欠乏した子どもは多い。どうしてそうなるのかを尋ね当てる職員は少ない。熱心な職員ほど子どもにその原因を追及するので、子どもはもちろん職員も疲れ苛立つ。力関係で子どもはもう一度、被害者になってしまう。体罰や暴力への目眩むような誘惑の発生源である。

這えば立て、立てば歩めの親心と言われ、愛に満ちた親や家族の期待が、胎児の時から、新生児、乳児、幼児、学童へと膨らんでいくのが通常である。

子どもはそのような親や家族の期待に応えることで受け入れられ、さらに深い愛情の中に入れられていく。だから、子どもは必死で努力するのである。このようにして意欲が生起し、人との関係の中で展開され、学習され、大きくなり、本能のように身についていくのである。愛情を基底にした期待と、それへの応答こそが、向上や発展の意欲を育む唯一の(意欲の)システムであると考える。

光の子どもの家の門を叩く子どもたちの多くは、決定的にこのプロセスの経験が無いか、少なかったのである。ここで出会った子どもたちのそれまでの環境は、劣悪さを極め、生まれることでさえ期待された子どもは稀なのである。

愛され期待され、努力してその期待に応え、舞い上がるような賞賛や、忍耐して対応し誇らしい評価をともにして感動した経験のない子どもに、どうして向上や発展への意欲などが生起するだろう。絶望的な状況で育ちながら、その優しさや明るさに感動させられ励まされさえするのである。

そんな子どもたちと身を寄せ合い、親たちに残された可能性を集め、共にそのプロセスを再生し経験し直していく。願ったように状況が推移するという何の保障のないまま、手探りの、気の遠くなるような関わりを展開していく。愛と期待の証としての関わりを。

愛は、条件や報酬を保障された労働行為などの中にはあり得ないことを銘記することも、教育や養育に関わる者には不可欠である。(1998年8月)

菅原哲男著「誰がこの子を受けとめるのか」より

(http://www.kyorei.ed.jpをご覧下さい!
運動会の子供たちの様子がビデオ映像で見られます。)

共励保育園の騎馬戦(運動会・アンケートから)

運動会

一昨年、初めて共励の運動会に参加した。娘から渡されたプログラムを見て、「この保育園は騎馬戦をやるんだ」と思ったことを覚えている。そして3度目の運動会。騎馬戦は今年も健在で、私は今、騎馬を組んで娘を乗せている。

おそらく、子供たちの多くは、騎馬戦が好きなのではないかと思う。
第十小学校の近くに元横山公園という公園がある。「かつて」回転式のジャングルジム(グローブジャングル、とも呼ぶそうです)があった。男の子も女の子も、すごい早さでグルグルと回転させては、ぶら下がって楽しんでいた。激しい動きの遊びが好きな子は結構いるのだろう。その遊具だけは、絶えることなく誰かが遊んでいたのを覚えている。

その遊具は、今は無い。その類の遊具もまた、年々、姿を消しているように思える。
理由は想像に難くない。

限定されたリスクの芽を摘むことと同時に、遊びを通して楽しみながら身体能力を向上させていく機会も、社会性をやしなっていく機会も摘まれてしまう。怪我をする場合であってさえも、子供たちは、そこから痛みを知り、何が危険かを分かっていき、そして、痛みを乗り越える強さを培っていくはずだ。
長田理事長の著書名を真似させていただくが、「リスクを未然に回避すること」が奪う本当はもっと大切なものが、消えゆく遊具、そして消え行く競技の中には、ある。

「騎馬戦だなんて、怪我したらどうするんですか!」
そんな批判が飛んできそうな世の中の流れに、共励保育園は、「リスクを負ってでも、本当はもっと大切なものを守る」という信念を持って完全と立ち向かっているように見える。その姿勢は、騎馬に跨がり整然と並んだ幼くもすが凛々しい騎馬武者たちの姿と相俟って、爽快そのものだ。

合図が鳴り、騎馬が一斉に動き出す。子供たちは夢中で相手の兜を追いかける。
いつか、この子たちが親となり、騎馬を組んで我が子を乗せる日が訪れて欲しい。騎馬戦という競技が残り続けて欲しいと願わずにいられない。

兜を取った! 娘が高々と掲げた兜を私は見上げた。
その先に広がる空が青かった。                (5歳児保護者)

 

年長組の保護者から以上のようなアンケートをいただいた。嬉しかった!
安全やリスク回避が優先される保育園の世界だが、騎馬戦を続けていこうという勇気をいただいた。もちろん、安全に対する最大の注意を払いながら!

共励保育園の運動会・騎馬戦に、人が生きていくための本質を、見事に文章で捉えていただいた。

私はこの方の熱烈なファンになった。

小笠原舞さん“女の権利は語るのに「こどもにとって」は議論しない日本社会”

保育士として保育現場を知っている小笠原舞さんが、寄金佳一さんの「Handmade Future」で、子供の視点で保育問題を語ってくれています。

http://yorikanekeiichi.com/ogasawara-mai-says-dangers-to-the-children-on-the-waiting-list-zero-1-3405.html

大切な発言ですので、再掲させていただきます。

待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “女性の権利は語るのに「こどもにとって」は議論しない日本社会”

待機児童は減ったほうがいいに決まっている。ワークライフスタイルの自由は保証されるべきだ。だが、昨今の風潮にあえて異を唱え、課題解決に取り組んでいるイノベーターがいる。

現役の保育士で、なおかつ「保育士という立場だけでは変えられないことがある」とasobi基地を展開する小笠原舞さんだ。子どもに関わる深刻な課題が山積する中で、待機児童問題の解消だけを極端に推し進めれば、社会が壊れてしまうと彼女は言う。

徹底した現場主義の彼女には、いったい何が見えているのか。インタビューした。

小笠原 舞(おがさわら まい)
1984年生まれ。企業に就職後、保育現場へ。保育士を務めるかたわら、こどもたちのより良い未来を目指して、こども未来プロデューサーとして活動を始める。
2012年夏より始めた子育て支援コミュニティ『asobi基地』は、多くの人々に支持され、いまやほぼ毎週末イベントを開催。
2013年6月には、フリーランス保育士の小竹めぐみと共に『合同会社こどもみらい探求社』を立ち上げるなど、常に新しいチャレンジをし続けている。

(6月、渋谷区桜丘のLENNONにて)

——小笠原舞さんは先日、前・横浜市長である中田宏代議士の『待機児童ゼロに向けて ~横浜方式の横展開をやってはならない』という記事を見て、Facebookで「とにかく、こども達の心のことやこどもの権利のことを誰か書いて!」と言っていたんですよね。

これは中田宏代議士の個別の記事がどうのというより、待機児童問題を語る社会やメディア全般に違和感を抱いていたと。それ以前にも何度か、違和感を語る投稿をしていましたよね。

 

僕は横浜市で4歳と1歳を保育園に入れながら子育てをしているせいもあって、実感するんですけど、確かに世の中は横浜市の待機児童ゼロを目指せだとか、いかに減らすかしか議論していない印象を受けます。小笠原舞さんの意見というか、目の付け所は、世の中の大多数にとってユニークだと思ったので、話を聞きたいと手をあげました。思う存分語ってください!

このままでは “こどもたちの心” が危ない

小笠原:保育士として東京都の研修に参加したとき、保育総論を担当している行政の方が「待機児童がゼロに近づきました、これだけ減らしました」という話をしていました。待機児童をゼロにすることで出てくる課題はないのか? という疑問を持ちました 。

もちろん、困っている人がいるので、待機児童を減らすのは大切だと思っていますし、保育園をつくるなとは全く思っていません。たくさんの同世代の友達がいるから社会性や協調性を育めたり、一人っ子でも違う年齢の子とふれあえたり、家庭とは違う力をつけられたり、集団生活ならではの大きなメリットがあるのもわかっています。

でも、今の日本社会は「ハコだけつくって、保育士をとりあえず集めて、待機児童率が下がりました」「数つくって、数さばきました」と効率化に偏っているように見えます。保育園を作ることがゴールではなく、1回オープンすれば、答えもなく終わりのないこども達との長い人生の旅が始まるんです。保育士たちと、待機児童問題について話すと、みんなが口を揃えて言うのは、こども達の心がこのままでは危ない、日本の未来は危ないということです。

なぜ女性の権利は議論されるのに、こどもの “親と一緒にいたい” という気持ちは議論されないのか

小笠原:先日も新聞に 「女性の社会進出で経済力アップ」とあり、働く女性の就労支援の視点のみで書かれていました。経済回復には女性の就労が必要だというシナリオなのはわかるのですが、こども側の視点が1つも書かれていなくて、不平等だと思ったんです。働く女性の支援と、待機児童問題 “しか” 報道されていない。

でも、そもそも、こども達の視点という考え方に気づいていない大人が多いのだろうと思っています。自分もこどもだったことがあるから、こどものことをわかっている“つもり”になっているだけなんじゃないかって。

こどもの心の成長について勉強したり、こどもに関わったりする機会ってとっても少ないと思いませんか? だから、こども達の人権・権利という視点にさえ、たどり着かないんだと思うんです。

自分のこどもだけど、こどもも一人の人間。大人と同じく心や権利がある。そう考えると、仕事と子育てという親のバランスの支援だけでなく、親と離れて保育園に通うという大きなチャレンジをしているこどもの気持ちのサポートだとか、こどもの “親と一緒にいたい” という気持ちをどうフォローしていくのかだとか、こども側の課題にも触れていかないと、こどもも一人の人間なのにフェアじゃないと思うんです。

こどもについて考える機会がなく、こどもを知らないがために、結果として未来の日本を創っていくこどもたちの心が病んでしまったとか、愛着障害・愛情不足による自己肯定観の損失などの深刻な問題が生まれてしまったとか、全員でないにせよ、問題もあります。“気づいてない”ということが、日本の一番大きな課題だと思うんです。

夫婦で遊びにいくために保育園を利用、こどもが涙を見せるケースも

——日本は子どもの権利条約を批准しているはずなのに、“こどもの人権”って、なかなか耳慣れないですよね。理屈ではわかるんだけど意識はされていないシロモノになっている感覚があります。

つまり、大人の都合ばかりで、「こどもたちにとってどうなのか?」という視点が不足しているのではという指摘。実際、保育現場にいて、どんな問題を実感してますか?

小笠原:例えば(東京都独自の)認証保育園は、どんな理由でも預けられるんですよね。お金を払ってくれればサービスとして提供するので、拒めない。聞いた話によると、土曜日に夫婦で遊びに行くとか、「ヨガに行ってきます」とか、「ちょっと車を買ってくるのでお願いします」というパターンも聞いています。

保育園の機能として子育て支援があるので必要だと思っています。ただ、預けられたこども側の気持ちもちょっと考えてみてほしいなと。一緒にお出かけするのかと思って家を出てきたら、到着したのは保育園。さらに、平日と違ってメンバーが違ったり、人が少なかったりするものだから、不安になり、泣いてしまう。

保育園は何のための場所なんだろう? 誰のための場所なんだろう? 保育園がたくさん増えていくならば、この問いをもっと考えていかなければいけないと思っています。東京都が、親の私用での保育利用を認めるのならば、その分、こどもとの関わり方など育児において大切なポイントの講座を受けられるなど、こどもの権利側のフォローもしてほしい。大人の権利の支援があるならば、同じようにこどもの権利の支援があるべきで、それで初めて、大人もこどもも権利が平等だということだと思うんです。

“多様性” という言葉を耳にする機会が増えましたが、とっても違和感があります。こどもの権利について保障されてはじめて、本当の意味で多様性社会になるんだと思っています。まずは自分の身の回りで実現しようと、asobi基地では 「大人もこどもも平等な場所」というキャッチフレーズを付けて、大人とこどもの権利をフラットにとらえる文化をつくろうとしています。

時代が変わったのなら、保育園の位置づけを整理しなおすべき

小笠原:国がそもそも、保育園や幼児教育に関してどういう考えを持ち、戦略を練っているのかが、伝わってこないんですよ。予算的にも、他の先進国に比べて低いですしね。こどもたちが今後の日本をつくるわけだから、幼児期の大事な時期について、もっと議論したり、予算をつけてもらったり、重点が置かれてもいいんじゃないかと。

保育園はもともと、戦争や貧困などの時代背景によって必要不可欠な施設として、社会福祉施設としてつくられたものです。でも現在では社会の事情が変わり、女性が働くための支援としての意味合いが強くなっています。「社会福祉」としての保育園のままでいいのか、という疑問もあります。時代が変わったのなら、保育園の位置づけも整理しないといけないのではないでしょうか。

東京都では認証保育園がメインになりつつあって、これから株式会社が参入してくるとなると、もっと “サービス” としての保育が進む可能性が高まります。保育のサービス化が100%悪いという訳ではもちろんありません。が、保育園ってそもそもなんなのか? どういうときに使っていいのか? 使うときのルールはあるのか? について、こどもたちの現状の課題を踏まえたうえでの議論がないまま、保育園の数だけが増えていくのは疑問です。

保育=サービスという意識が強まれば “こどもたちの気持ち” が置き去りに

小笠原:働くのはOK、こどもは預かるからと保育園がどんどん立って、どうぞ働いてくださいで終わりになってしまったら、こどもの気持ちは置き去りだと思いませんか? 多様性を認める社会、人権のフェアはどうなってしまうのでしょうか? 大人たちの都合を考えると同時に、こどもたちの都合も考えるべきです。

保育園に預けるメリットはたくさんありますが、同時にデメリットもあるわけです。大人たちのフォロー次第でどちらにも転びます。保育園側が、預かる際にこどもへの声のか掛け方や気持ちの受け止め方などフォローの仕方を説明したり、保育園利用を考えている人に、こどもについて知る勉強会受講を母子手帳配布時に伝え、実施したりするような仕組みが作りたいんです。サービスとしての保育が提供される代わりに、何が奪われ、どうやって補えばいいのかを伝えていく必要があると思います。

2012年11月に視察へ行ったトロントでは、有志の看護師さんたちが無料の研修「Nobody’s perfect」というプログラムを提供していました。学びの場を多く作るように、国として取り組んでいます。最後の選択は個人であるとしても、「知れる場がある」「学べる場が利用しやすい形である」というように、誰でも平等に機会が得られる仕組みがトロントにはありました。完璧な親も子もいませんが、大人の意識によって、こどもの育つ環境がいくらでも変わってしまうのですから。

ときには「メンタルぎりぎり」に心をすり減らす体験もする保育士の仕事

——今回の話をする上で、読み手の方々とひとつ共有しておきたいと思うのは、保育士の仕事の大変さについてです。僕自身、保育園を利用していて、保育士さんには頭があがらない。こどもが転んでちょっと擦りむいた程度でも平身低頭で謝られるんです。そんなの、こどもなら年中。外から見ていても、気づかいが尋常じゃない。

うちの子たちが通う保育園に、この春に新しく1歳児と0歳児が15人くらい入園してきてました。みんな入園当初は、突然親に置いていかれて、号泣するんですよね。すると、もともと通園していて慣れているはずの子たちも、もらい泣きしちゃう。凄まじい状況でしたね。

 

小笠原:そうですね。3年前に、今いる園が開園したときのことを、今でも鮮明に思い出します。0歳から5歳まで40人くらいの新入園児がいました。1か月間くらいは様々な学年のこども達が「ママー」と1日中泣いていました。とっても懐かしいなぁと今では思うことができますが、本当に当時は大変で、結構メンタルぎりぎりでしたね。

仕事と言えども、こんなに泣くのに引き離して大丈夫か、と複雑な気持ちで過ごしました。場所や人に慣れていない=大きすぎる不安。すぐ帰れるように靴下を脱がない子、連絡帳を持って帰りたいと泣いている子、眠いのに安心できず眠れないけど眠くて泣いている子。それぞれが不安をいろんな形で表現している状態でした。

今ではその子たちも、とってもたくましく育っていて、1人で寝つける子がほとんどになりました。今は、笑って話ができますが、あの時の光景は一生忘れられないと思います。「ああ、いくら頑張っても、そりゃママにはかなわないよなー」って体に染みました。だから、その日限りで実施するasobi基地では「託児」はやっていません。

繊細な気配りと、高度なスキルが要求される保育現場

小笠原:0~2歳は人として生きるために生物学的に必要な発達がほとんど。子どもたちの世界を広げていくのと同時に、歩行、食事、トイレに行くなどのサポートが中心となってきます。1歳半くらいから少しずつ言葉でコミュニケーションが取れるようになりますが、噛みつきが増えてくるので、起こらないように注意してこども達を見ることも重要です。

3歳をこえると、今度は複雑な心の発達の段階へ入ります。とても大事な時期だからこそ、喧嘩ひとつの仲裁や、自立への支援の仕方など、保育士のひと声や関わり方が大きく影響していくので、すごく気をつかいます。朝から夜まで12時間など、眠っている時間を除けば親よりも長く一緒にいるわけで、プレッシャーがあります。その分、感動や嬉しさも大きいですけどね。

こども達自身の成長のサポートと同時に、親御さんとどれだけ連携して一緒にこどもを育てて行けるのかが、大きな鍵を握ります。毎日の送迎時や連絡帳、保護者面談などでよくコミュニケーションを取り合い、信頼してもらえるようにする。悩みの相談につながり、一緒に課題を解決するパートナーとなっていけます。

本当に色々なことを考えて、親にもこどもにも言葉を選び、伝えています。「保育士に必要なことは?」と聞かれたら、間違いなく“コミュニケーション能力の高さ”と“観察力”だと言いますね。まあ、大変な仕事ですが、その分、毎日積み重なっていく人間の成長を見られるので、すごくいい仕事ですよ。

保育園を急激に増やせば保育士の質が低下する?

——僕は横浜市在住です。待機児童ゼロのおかげで、確かに保育園には入れやすくなりました。いまは徒歩で30分はかかる場所まで、自転車で通っているんですが、近くにも保育園ができたんですよ。

でも、保育園を変える気にはなれないんです。なぜなら、いま通っている保育園の、経験とノウハウ、時間の積み重ねによって裏打ちされた安心感や、行き届いている感が半端ではないから。

個人的な実感ですが、ポッと新しくできた保育園にこどもを預けるなんて、親としても、入園するこどもにとっても、怖すぎるんですよ。数だけ増やしても、保育士どうすんのと。預けている側の感覚からしても無理があるだろうと感じるんですけど、現場からはどうですか?

小笠原:活動を通して、いろいろな保育園で働く保育士に会いますが、みんなが何かしら矛盾を抱えながら保育をしているなと感じています。安倍総理は横スライドで「横浜でできたんだから全国でできる」なんて言うんですけど、保育士の質や、保育園の社会的位置づけに対しての意識がどう変化していくのか、とても心配です。

私個人の意見としては、親は親にしかできない役割を認識した上で、仕事をし、保育園に預けてほしいと思っています。保育士はこどもたちと一緒に過ごす時間が長いので、信頼関係は結べます。が、一番大切な、人間の核となる部分の成長に関しては、ママやパパに勝れない部分があるんです。保育園をどんどんつくるならば、親が発達心理学を勉強したり、愛着形成について知ったりできる機会を同時につくらないといけないなと。

人間がどういうふうに心を獲得していくのかという過程は、保育士だけでは担えません。1人の人間を育てるって簡単じゃないんです。家庭と保育園とが、お互いを尊敬しあい、役割を分担し、助け合えたとき、こどもがより良く育っていくと思っています。

こどもたちを見ていて涙が出そうになることがある

小笠原:私たち保育士は、子育てのサポートはできても親にはなれないので、すごくもどかしいんです。私たちが抱っこしても、「ママがいい!ママに会いたい」って涙を流す。ママのほうがいいよね、そりゃってなるわけで。

こども達はそのうち泣き止んでくれますが、本当の心の奥底を想像すると、いろいろと考えてしまいます。今日はいつもより頑張ってるんだなとか、最近寂しいのかなとか、話したいことや訴えたいことがあるけどうまく言えないのかなとか。

自分の感情をうまく言葉にするのは難しい作業です。でも、こどもを近くで見ている分、彼らのいろんな感情表出に出会い、それがこども達の心の声の訴えに聞こえることがあります。なんだか涙が出そうになることがあるんです。

家庭と保育園のコミュニケーションが重要

でも、だからと言ってお父さんお母さんを責めるわけではありません。だって、お仕事しなければ違う問題が出てきますからね。大事なのはやはり、保育園と家庭とのコミュニケーションです。

例えば、最近どうですか?という何気ない会話から、「ちょっと忙しくてイライラしがちで……」とでも言ってもらえれば、こどもの訴えの理由がわかり、一緒に解決方法を考えられます。「じゃあ週末に、2時間だけでも、この子と二人っきりで仕事から完全に抜ける時間を作ってみるのはいかがですか?」などと言えるんです。

ママやパパも「あ!」と何かに気づき、ぱっと表情が明るくなり、実際に行動してもらえたり、こども達が明るく変わったりということが多々あります。親子の気持ちって、本当に直接伝播するのですよね。

保育士としては、忙しい中で、仕事と育児をする親御さんたちには、本当に頭が下がりますね。大事なのは時間ではなく、密度だったり、「ごめんね」ではなく「仕事させてくれてありがとう」「お互いの時間と世界を楽しもうね!」という気持ちだったりだと思います。

加えて、自分自身に向き合う素直さが大事だと感じます。親も保育士も。いま目の前にいるこどもを見て、どうするかを一緒に建設的に考えていくことが、こども達の心の成長に一番いいと思っています。

保育園だけでは子育てはできない

小笠原:私は、今のままの政策で進んだ結果がとっても怖いんです。「もっと働け!」と国に言われ、保育園がボンボンできる。こどもを一人の人間として考えたり、思いやったりする時間と場所がなくなり、人間が育つ上で一番大事な要素が抜けていってしまうのではないかという恐怖があります。

私がこどもを育てる上で大事にしたいと思うのは、親と子の両方の心のバランスです。大人と子どもがお互いに納得して保育園に行っていたり、親が子育て生活を楽しめていたり。なんでもないことだと思うかもしれませんが、本当に大きいんです。バランスが取れているこどもって、どこへ行っても遊べたり、世界を冒険できたりします。

発達心理学では“心の安全基地”という言葉が出てくるのですが、これができていると「何をしても自分は大丈夫」「ここにいていいんだ」という心の土台ができて、バランスを取りながらチャレンジできるケースが増えてきます。自立という人間の大きな目標に向かっていけるのです。“心の安全基地”をつくることが、人間が生きる上で一番大切です。安定できるかどうかが、チャレンジ精神や自己肯定感につながるからです。

心の安定には、親や家族が一番大きな影響力を持っています。こどもが生まれてしまえば、誰でも親という立場を得られます。が、子どもの育て方の完全マニュアルや正解はありません。親自身が子どもを見て、向き合い、軸を決めていく。親自身が世界を広げていけば、こどもの世界や可能性も広がります。親も、こどもと一緒に成長していかないといけませんよね。これは保育士も同じですが。

こどもたちの心へ目を向けなければ日本が崩壊する

さらに、子育ては世代を超えて連鎖していきます。自分が親から受けた子育てしか知らないわけですから、されて嫌だったことを反面教師にしようと思わない限り、無意識に次へ伝わっていってしまうんです。負の連鎖を防ぐこともとても重要です。

また、親になる二人(夫と妻)が、自分の親がしていた子育てを思い返し、次の家族をつくっていくために、二人の子育て観をすり合わせて行く作業も、とっても大事ですよね。人生を共にするパートナーであり、ひとりの人間を育てる一番近いチームメイトなのですから。

こどもを取り巻く問題が多い今の世の中です。いじめや不登校など、心の問題がこれだけ増えている印象があるのには、理由があるのではないでしょうか? 子どもたちからのサインだとさえ思います。

「こども達の心を育てる」ことに重点を置いて、保育政策や子育て支援を形作っていけば、もっと幸せな子ども達、親たち、家族が増えていき、少子化に歯止めがかかると思っています。

今のままだと、いつか裏目に出るんじゃないかなと思っています。例えば20年後、今のこどもたちが社会に出たときに、みんなの心が育っていなかったら「日本が崩壊してしまう」と危機感を持っています。

『【後編】待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “一人では変えられない社会も、それぞれが自分事として取り組めばいつかシフトチェンジする”』はこちら。イノベーター保育士・小笠原舞が挑む具体的解決策を聞いています。

【後編】待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “一人では変えられない社会も、それぞれが自分事として取り組めばいつかシフトチェンジする”

「親心を育てる保育園のアプローチ」講演会+サロン(意見交換会)開催します。

さて、来る8月31日(土)午後2時より、新宿区アイランドタワー4Fにある麗澤大学東京研究センターにおいて、「親心を育てる保育園のアプローチ」と題し、別紙内容にてお話をさせていただくことになりました。

7月24日のクローズアップ現代では、「深刻化する保育士不足」と題し、保育士の無理な仕事の状況や望ましくない保育の現状が放映されています。そうした中、安定、安心して保育士が仕事に携わることができるような工夫の一端をお伝えしたいと思います。どうぞ、お時間をお作りいただき、ご参加ください。

親学会チラシ2013.PDF

年長組のお泊まり保育(合宿)

年長組のお泊まり保育(合宿)と希望保育

年長組のお泊まり保育(合宿)で岩飛び込みと川下りを楽しみました。

プールの飛び込みとはちょっと違う!(と言っておりました)
プールの飛び込みとはちょっと違う!(と言っておりました)
自分の足でジャンプする。それが大切!
自分の足でジャンプする。それが大切!

年中以下のクラスの希望保育により、年長組の野外体験に、保育士の配置に増員が可能になりますので、一般的には危険といって避けてしまうような体験も可能になります。

まずは、川遊びの楽しさを知ってもらうことが大切です。そして、同時に川の危険性についても体験することが必要でしょう。

7月28日(日)の毎日新聞に次のような記事が掲載されました。

清流で川遊び(夏休みに自然の楽しさ、怖さを学ぶ)  

「『危ない』と言って遊ばせなければ、危ないことが子ども自身には分からない。自分が親しんできた川の楽しさを、今の子どもたちに知ってほしい」と達人(川の達人)は話していた。
昔と違って親はつい、子供を守るために、危険な場所へは遊びに行かせないという発想になる。でも、そうすると、子どもたちは自然の楽しみを知ることなく遠ざけられてしまう。

お友達の足を持って、つながって。
お友達の足を持って、つながって。

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めだかがいた!そーっと、そっと!
めだかがいた!そーっと、そっと!
やっと取れた!
やっと取れた!

共励保育園の年長組の川遊びでは、岩飛び込みや川の流れに沿って流されていく体験、虫探しなどを満喫します。保育士や看護師を配置し十分配慮しながらも、危険な体験を子供たちに経験してもらう。こんな活動ができるのも、年中組以下の保護者の皆さんが希望保育に協力してくださるからです。

年長組の保護者の方からは、「自分の子が、このお泊まり保育(合宿)を体験して、初めて希望保育の大切さが分かった!」との感想をいただきました。

年長児になれば、みんなが経験できる。しかし、年中以下のクラスの協力が得られなければ、保育士の増員配置ができなくなり、この特別な野外体験はできなくなります。

希望保育は、小さいクラスの人達には、何か年金のような仕組みなのです。しかし、この野外体験(年金)は年長クラスになれば必ず参加(受け取ることが)できるのです。 保育予算が国の制度によってぎりぎりで組まれている以上、そのままでは特別な活動はできません。保護者の皆さんのご協力が絶対必要になります。

どくろでショック」への素晴らしいアンケートに感謝!

「どくろでショック」への素晴らしいアンケートに感謝!

 

年長組で経験する「どくろでショック」の数遊びゲームは、共励保育園の研究会で考案されたものです。遊びながら数の概念を獲得するゲームですが、その裏に子供たちの社会性を育む意図が隠されています。

6月15日に行った保育参観で、年長組はこの「どくろでショック」を楽しんだのですが、参観をされた方から次のようなアンケートをいただきました。

見事にこのゲームの神髄をとらえ、文章で表現してくださっています。加えて、松居先生のご講演に関するご意見はとても重要な問題を含んでいますので、これは皆さまに是非読んでいただかなくてはいけないと思いましたのでご紹介いたします。

ちなみに共励保育園では、子供たちへの教育はとても大切と思っており、「数」と「言語」の教育については系統的なカリキュラムを組み、保育士たちも理念を学びがなら保育実践をしております。                      (長田)

 

〜保育参観感想〜

 

「どくろでショック」、ショックだった。

ダブルどくろのカードを引いたとき、そのショックは起こりやすい。

手持ちの豆を全て返す不運、そこがショックのポイント、ではない。

ゲームには勝ち負けがある。勝てば嬉しく、負ければ悔しい。

運だけが勝敗を左右するこのゲームでは、勝者となる機会も敗者となる機会も、みんなに公平に訪れる。誰もが、嬉しさも悔しさも体感することになる。

ダブルどくろのカードを引き、勝者の座が遠のく不運に泣きだす子、そして、その子を慰めようとする子供たち。そこがポイントだ。

同じようにダブルどくろのカードを引いたことがある子には、自分の経験をもとに、その子の気持ちを考えることができるのだろう。

泣いていた子は、やがて周囲の励ましを得てゲームに復帰する。勝者の時の記憶もまた、自らを励ますのだろうか。

子供たちがゲームに熱中しながら、知らず知らずのうちに他者への共感を身に着けていっている—— 私には、そう思えた。その姿こそがショックだった。

(年長組保護者)

共励保育園の親子遠足(高尾山)

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もう直ぐ一丁平

恒例の高尾山親子遠足を行いました。山頂のはるか向こうにある一丁平まで。行きはケーブルカーに乗りますが、帰りは6号路を通って、全て歩いて下山します。

毎年、お父さんの参加が増え、今年は40名を越えました。平日の遠足なので、お父さんは会社を休んでの参加です。いろいろなご苦労をされて当日を迎えます。

朝8時半に集合、そして最終メンバーが登山口のケーブルカー改札口に辿り着いたのが午後5時過ぎ。これは新記録でした。保育園の遠足で、こんなに長い時間をかけるのは、他にはあまりないと思います。

たくさんのアンケートがお父さん、お母さんから届きました。今回は二人のお父さんのアンケートをご紹介いたします。

アンケート1
☆ 「これは歩けないだろう」娘から渡された地図を見て、そう思った。先月、練習で小宮公園まで行ったとは聞いていたが、練習が練習にすらならないような行程だったからだ。私は娘を背負って下山する自分の姿を思い浮かべた。しかし、私の予想は裏切られていく。「やっほー」と楽しそうに声をあげ、元気よく歩く子供たち。下山の時、少し疲労の色が見える娘が言った。「年長さんは諦めない!」年中時代の総合保育『わくわくキッズ探検隊』でのフレーズの引用だ。年少から続く総合保育が活きた瞬間だろう。諦めない子供たちは頑張って沢にたどり着き、元気に遊んで帰っていった。—歩ききれるー子供たちの力を確信して行程を組んだ保育園とその信頼に見事に応えた子供たちに私はただ驚くばかりだった。

お仕事は作家さんかな?

アンケート2
☆宏樹との2人っきりでの園の行事は今回の高尾山遠足がはじめてでした。そういう事もあり私は前もって会社に休みを希望し、仕事が入らない様に前日までに全て終わらせ、楽しみにしながら当日を迎えました。宏樹も「パパと行くのが楽しみ!!」とずっと言ってくれました。ママも行こうかなあと言うと「パパがいるから行かなくて良い!!」と本当にパパにとっては嬉しいことを言ってくれました。遠足が始まって最初から最後まで自分の足でしっかりと歩き、何ひとつ弱音を吐かなかった子供の姿を見てとても感動し、すごく愛しくなりました。3人の子供全てが可愛くて仕方ないのですが、宏樹は一番「子供らしい」子で、出来ることならこのままの宏樹くんで成長してくれたらなあと登山中感じていました。毎回共励の行事に参加する度にこの保育園に通っていて良かったと思います。

仕事に対する配慮をして親子遠足に参加する親心。ありがとうお父さん!

 

山頂では、お父さんたちにお願いして、「鯉の滝登り」というゲームをします。お父さんたちが、向き合って手をつなぎ、そろって並んでいくと、ベルトコンベアーのようになります。その上に子供たちがアンパンマンのようになって乗ると、お父さんたちが手を動かして、コンベアーの先の方に子供たちを運んで行きます。

子供たちの笑顔と、お父さん達の笑顔。全くお金のかからない遊園地です。子供たちより、お父さんたちの方が嬉しそうです。それを見ているお母さんたちも幸せそうです。

親子遠足は、みんなが子供の頃を思い出すことができる、とっても意味のある行事です。

鯉の滝のぼり
鯉の滝のぼり

最後のパパが並んで子供を運ぶゲームで
みんながひとつになれてよかったとパパが言っていました。(アンケート3)

 

保育展アンケート(平成22年度)

保育展アンケート(平成22年度)

0歳児

ひとつひとつの手作りの遊び道具がとても魅力的で、大人でもワクワクしてしまうようなものがたくさんあり、子供たちの創造力を育てるのに効果的だなぁと、いろいろ参考になりました。(0歳児保護者)

子供が考えながらも楽しそうに遊ぶ姿を見て、いろいろと工夫されていて、遊びの中でたくさんの事を学んで吸収しているんだなと感じました。(0歳児保護者)

兄妹がいると、一日で見終わらないんですね。多年齢のところもじっくり見たかったので、もう少し早くくれば良かったと反省しました。(0歳児保護者)

まさに1歳の我が子の反応がとても良く、夢中になっているのを見て、子供の好奇心を刺激したり伸ばしたりする仕掛けが“すごい!”と改めて嬉しくなりました。先生方からの温かいメッセージや成長の記録等、じーんときて、思わず涙が出そうになるくらいでした。本当に大切に保育して頂いているのが再認識出来、とても有意義な一日になりました。

1歳児

たくさんの手作り作品及び写真で、我が子の成長だけでなく、月齢が上の子の様子を見ることで、これからの成長がわかったり、月齢が下の子は、今までの思い出がよみがえったり・・と、4月からの1年間を振り返る事ができました。

0歳のところから回り始め、息子のいる1歳はもちろん、5歳まで本当に、どうしたら先生方には、こんなすばらしいものを考え、実践し、結果を形として完成させられるのだろう、一体日々の生活のどこに、そうした時間が?と思ってしまうほど、何度もため息をつくくらい素敵な保育展でした。

我が子は、1日中でもあの場に居そうな勢いでした。先生が用意してくれる遊び(作業)がとても楽しいんでしょうね。発達にそっているんですね。きっと。

1回では出来るようにならないことを、先生方は何度も何度も根気よく、丁寧に教えていただけたことが、今の子供の成長につながっていると思います。

2歳児

お店屋さんごっこの、きのこごはんや、焼きとり、のり巻き、小麦粉粘土、ジュース、etc.・・本当にいろいろな工夫がされていて、子供たちも喜ぶ訳だなぁと思いました。子供が店員さんになり、おもてなしをしてくれて、おかたづけまでちゃんと出来ていたので、すごいなぁとびっくりしました。私もやりたい・・・とお客さんになりながらも、うずうずしていました。

1年間の子供たちの成長がずっしり詰まった、とてもすばらしい保育展でした。展示物をみてみると、初めの頃はなかなかうまくできていなくても、段々と上手にできるようになっているのが、とてもよくわかりました。

2歳児のカルタ遊びでは、子供同志で読み、取って遊んでいました。正解の札が1枚でないのが、たくさんの子にチャンスがあって良いと思いました。

親も、子供の作ったものや絵を見るたびに、ウルウル・・!日付を追うごとに成長が見えて、本当に感動です。子供たち一人ひとりに一生懸命接してくれる先生方に囲まれて、保育園が大好きな理由を改めて感じました。

見る人(保護者)を意識して作品づくりをしていると、どうしても子供に“やらせる”という形になってしまうと思うのですが、共励の保育がそういったものでないと驚かされます。作品に取り組むまでに、活動やストーリーがあり、階段を登るように子供たちが考えたり、学んだりしながら力を身につけている・・・。「やった!」「できた!」という気持ちがあるからこそ、「これが僕のだよ、見て!!」と嬉しそうなのですね。

すごく楽しかったです。用意されていたカリキュラムに、日頃子供たちが慣れ親しんで遊んでいるのが、様子を見てすぐわかりました。子供たちの学習能力や色々な能力を十分に引き出してくれる、すばらしい保育を行ってくださっているのだと感動しました。

休みの日になると、「今日保育園は?」と必ず聞いてます。その意味がよーく解りました。子供は楽しくて、楽しくて仕方がないんですね。保育園が大好きで、本当に先生方のお陰です。

10時前に来て、昼食もとらずに(試食はしました)2時まで遊びましたが、それでも全てを見学することができませんでした。もっと見学していたかったのですが、ぜひ祖父母にも見学してもらいたいと思い、急いで帰宅しました。祖父母2人で言ってもらおうと思っていましたが、娘と一緒に行けば、もっと楽しめるだろうと思い、娘に案内役を頼みました。祖母は、先生の説明を聞き、先生の熱心さに感動!ごっこ遊びをする娘の成長に感動!感動して涙が出たといって興奮気味で帰ってきました。

3歳児

この一年間が、全て詰まった保育展。年少の我が子の部屋では、カルタや風車、お面作り等、パパが子供より夢中になっていました(笑)子供たちが焼きそばを作ってくれたりと、お祭りさわぎでした。

入園したては、まだ形のあるものは描けなかったのですが、ある時から顔が描けるようになり、意味のわかる絵になってきたり、ハサミを使って直線から円も切ることができ、折り紙を折ったり、お箸が使えるようになったり、etc・・とてもうれしくおもいました。

噂には聞いていましたが、これほど大がかりで、これほど中身のあるものとはと、とても驚きました。保護者だけでなく、保育関係者の方々もたくさんいらっしゃっていた様でしたが、もっともっと外部の人に宣伝したい気持ちになりました。「こんなにすごい保育園があるよ、ぜひ見にきて下さい!」と。入場料を取ってもいいくらいだと思ったくらいです。(半ば本気です!)

 

お弁当を持参して5時間たっぷり見学。遊びに参加させていただきました。子供たちもとっても満足していました。折り紙、あやとり、縄跳びは、この一年間で本当に色々出来るようになって、感動しました。自信もついて、毎日とても生き生きして、チャレンジしようとする姿が感じられます。各年齢の製作コーナー、遊びコーナーは子供たちにとって最高のプレイランド♪ですね!5時間いましたが、“まだまだ遊びた〜い!”と言っていました。

2歳児クラスからお世話になっていますが、子供の成長に合わせて「ちょっと難しいけれど、頑張れば出来る事」を子供自身が「やりたい!」と思わせるように持っていくよう、よく考えられているカリキュラムだなと毎年感心しています。

4歳児

どの子も自信を持って取り組んでいて、何だか胸がジーンとしてしまいました。この1年間、本当に成長したんだなと嬉しく思います。最初は苦手といってやろうとしなかったことも、上手になっていました。描いた絵、作った作品を説明してくれた娘は「すごいでしょ、じょうずでしょ」と言わんばかりの表情でした。たくさんの自信を持たせていただけたことに感謝しています。

9時から、張り切って保育展を見に来ました。しおりから保育内容の充実がうかがえ、保育展の内容の充実を予想していましたが、実際は予想をはるかに超えたもので感動しました。0・1歳児から順番にたどり、どの年齢でも一人ひとりの発達と個性を理解して、子供だけでなく家庭を巻き込んで、保育園生活と子供の成長を応援してくださっていることが素晴らしくおもいました。家庭だけでは見過ごしてしまいそうなことを、行事や絵本回覧、折り紙、ハートメッセージ等をきっかけに、子供に目をむけられる機会になっていると思い、展示を見て、改めて“ありがたいなぁ!”と思いました。遊びの中に、たくさんの目的があり、子供たちが“楽しみながらやっていたら、身についていた“という子供が自分に自信を持てるようなカリキュラムの素晴らしさ、指導の素晴らしさを感じました。