内閣府は、無核府!(核の無い府)

2013年9月29日の共同通信によると、内閣府は以下の推計を発表したという。

家事、育児は年138兆円 内閣府、無償労働を推計

家事や買い物、育児、ボランティアなどに充てられた「無償労働」を金額に換算すると、2011年は過去最高額の約138兆5千億円に上ることが、内閣府の推計で分かった。

 名目国内総生産(GDP)の約3割に相当し、無償活動の8割を女性が占めた。内閣府は「女性の社会進出が進み、家事や育児の一部を企業や保育所などに任せれば、産業が振興して経済成長につながる可能性がある」と指摘している。

 無償労働の中で「家事全般」が最も高く約88兆6千億円。買い物は約27兆2千億円、育児は約14兆8千億円、介護は約3兆4千億円だった。ボランティアなど社会活動は約4兆5千億円。
2013/09/29 16:27   【共同通信】

「家事や育児の一部を企業や保育所などに任せれば、産業が振興して経済成長につながる可能性がある」という考えがそもそもおかしいのです。子育てを商品にし、人任せにすれば、お金は動くかもしれませんが、社会の基盤となる人がちゃんと育っていかない。

子供をちゃんと育てることがいかに大切な仕事であるかは既に言い尽くされている。子供がちゃんと育てられなければ、この国の将来は危うい。その子育てを企業や保育所に任せればいいと簡単に考えている。子育てをその程度にしか理解できない国の中枢の人達の認識に、この国の危うい将来が伺える。

 

最近、共産党橫浜市議団が、橫浜の保育の実情を調査し、企業保育所の決算を発表した。

それによると、株式会社運営の認可保育所の人件費比率の平均は約53%。一般的に社会福祉法人の認可保育園では、経験のある保育士が勤務している保育所は80%程度と言われていて、それを考えると株式会社の保育士の給料はあまりにも低い。経験のある保育士がいるのかと疑問を呈さざるを得ない。給食業務などは、外部委託しているので、一律には語れないが、常勤保育士数との関係から常勤保育士一人当たりの給与を割り出し(推計)てみると、一人当たり約200万円。(月額16万6000円?)ボーナスは30万円程度と市議団は報告している。これが総支給額としたら、手取りはいくらになるのだろうか。

更に決算書を見ていくともっと驚く。ある保育園では、橫浜市の補助金は4052万円。経理区分間繰入金支出として、本部に移した額が3475万円。何と、橫浜市の補助金の約86%が移されている。ここから新設の保育園の費用や株主への配当金が払われているのだろうか。

この決算書は、子供の生活にかかる費用や職員への費用がとても少ないのが特徴だ。給食費は579万円、保育教材費は422万円とある程度の額が計上されているが、この中からどれだけ関連会社に流されているのだろうか。詳細は不明である。消耗品費は年間45000円。少ない。職員の研修費も年間23000円程度だ。これでどんな研修ができるのだろう。

市議団が指摘している通り、給食の外部委託や子供たちの教育のための講師料が年間1760万円となっており、これが関連会社の定期収入となっているようだ。

決算書を見る限り、国や地方自治体の保育費用がビジネスの事業展開費用として回されており、橫浜市や国の保育費用が子供たちの保育に使われる仕組みになっていないのではないかと思える程だ。

こんな状態が企業の運営する認可保育所の現状だとすれば、本当に子育てを企業や保育所に任せていいのだろうかという疑問が湧き出てくる。

子育ては14兆8000億円などと、無償労働の金額を机上計算する人達に、それだけの費用を「子ども手当」で国から支給したら、どれだけ家庭が潤い、子供たちの心は安らぐだろうと言ってやりたい。

子供を育てることは国の根幹を支えることだとということを理解していない人たちが、国の中枢を司り、国の方針を決めている現状に、家庭や保育現場からは嘆きの声がでるばかりだ。

情動と記憶(一時保育の問題性)

脳の学習力(S.J.ブレイクモア・U.フリス著・岩波現代文庫 乾敏郎・山下博志・由田千里訳)には次のように記してある。

「情動にはしばしば記憶が関係し、記憶はしばしば情動を伴う。情動的なでき事、とくにネガティブな情動を伴う出来事は、中立的なものよりもよく記憶される。動物および人間での研究から、脳の情動系(大脳辺縁系ともよばれる)の重要な部分である扁桃体が、恐れや悲しみを引き起こす出来事と関係することで強められた、長期記憶の形成に関与していることが示されている。」(P313〜P314)

この一文を読んだとき、保育園の「一時保育」の問題性について強く感じた。

保育園に入園するとき、多くの保育園は「慣らし保育」を実施するが、世界一大好きなお母さんと離ればなれになることの不安感や恐怖感について、それを和らげることを主目的としている。

この慣らし保育でさえ、子供の心に影響を与えないかを心配する。つまり、このネガティブな体験が子供の長期記憶として刻まれてはしまわないかという心配は、私の心から消えてなくならない。

その内、子供は、あきらめと他にすがりようがないという状況を感じてか、お母さんの代替えとして、心優しい保育士を子供の側から選んでいく。

人生理不尽なことはたくさんあり、そうしたことにも慣れていかなくてはならないことは大切な事だとは承知するが、それでも子供の脳が敏感で柔らかいうちに、まだ言葉が獲得できていないうちに、あまり不安を感じさせるような出来事は、経験させない方がよいということは強く思うのである。

こうした不安体験が幼い子供の心に刻まれ、やがて思春期に出てくる。これは、長期記憶とネガティブ体験との関係からすれば、容易に推察できるのであるが、若者の自信のなさ、小学校でのさまざまな子供問題などを考えるとき、私にはどうも、012歳児期のおける「不安体験」との関連が強く感じられてしまう。つまり、保育園はそのことを重く受けとめなくてはいけないのではないかと考えている。

保育園の「慣らし保育」でさえ問題があるのに、その日に保育園に連れて来て、すぐに保育園に子供を長時間預けるという「一時保育」について、なぜ保育学者は異議を唱えてくれないのだろうか。驚くことに、この「一時保育」は保育園の主任保育士加算が認められるための4つある特別保育項目の一つであり、国が強く推進している事業である。

これは、「育児放棄」や「児童虐待」に対する対処策として考えられているようだが、保育現場では親のレジャーや買い物など、本来の趣旨からは外れた利用が許されるようになっていると聞いた。この「一時保育」自体が、子供の心に悪い影響を与えているとしたら、これは直ちに考え直していただかなくてはいけないと思う。

現場の声を聞くと、多くの保育士が「一時保育」の問題性を訴えている。泣きっぱなしの子供に何の対応もできない状況。只でさえ、基準以上の子供たちを長時間にわたり集団で保育している上に、泣きっぱなしの一時保育の子がクラスに入ってくる。これでは、保育士は息切れもし、すり切れてもしまうのである。

学者先生、早く調査して、問題を国に指摘して下さい。

「親心を育てる保育園のアプローチ」講演会+サロン(意見交換会)開催します。

さて、来る8月31日(土)午後2時より、新宿区アイランドタワー4Fにある麗澤大学東京研究センターにおいて、「親心を育てる保育園のアプローチ」と題し、別紙内容にてお話をさせていただくことになりました。

7月24日のクローズアップ現代では、「深刻化する保育士不足」と題し、保育士の無理な仕事の状況や望ましくない保育の現状が放映されています。そうした中、安定、安心して保育士が仕事に携わることができるような工夫の一端をお伝えしたいと思います。どうぞ、お時間をお作りいただき、ご参加ください。

親学会チラシ2013.PDF

BSフジ・プライムニュースの話2

さて、番組のタイトルは「待機児童ゼロを実現 横浜市長」ということでしたから、取材は横浜保育室、コンシェルジュなど、横浜市長の待機児童ゼロを実現させた手腕に焦点を当てた番組構成でした。そこに、なぜ長田が起用されたか?そこは番組のプロデューサーに聞かなければ真意はわかりません。

私としては、既に「便利な保育園が奪う本当はもっと大切なもの」を出版していましたから、その本を読んでくださり、林市長の進める待機児童ゼロ作戦に異論をはさんでくれる人材を求めていたのだと理解し、私の日頃考えていることを正直にお伝えしようと心に決めました。

幸い、フジテレビのお迎えが遅く、遅刻したことによって、まったく事前の打ち合わせ無しに本番を迎えましたから、私としては、番組の趣旨を考え、自分の発言を調整しなければならないような指示もありませんでしたので、考えていたことを発言できたことは良かったと思っています。

NHKの某プロデューサー氏も、この番組を見て、次のような感想を下さいました。

「まずは、色々な意味で『拍手!』でした。
第一は『この番組が長田先生をゲストに起用したこと』です。
先生が林市長に対してどのようなお話をされるか、担当のディレクターは事前に分かっていたでしょう。分かっていて先生を起用した番組ディレクター、それを許したプロデューサーに敬意を表したいと思います。
長田先生をゲストに、それも一人だけのゲストとして選んだ勇気は素晴らしいと思います。
この番組には株式会社の参入を讃えるような意図的なものがなかった。司会者も決して林市長に迎合してはいなかった。そして、長田先生がご出演なさったことで、この番組は、決して『橫浜市の取り組みを讃える』 ものにならなかった。しかも、林市長自身、取り組みや認識の不足、今後の課題などを認めざるをえないことになった結果まで導きました。今のNHKにはできない番組だ、と思いながら見ました。」

このような応援をいただけるので、私は私の持論を自信をもって展開できます。本当に有り難うございました。

さて、問題は株式会社の配当についてです。この点についてはしっかり論じなければならないと思っています。次回に続いていきます。

共励保育園の親子遠足(高尾山)

IMG_3668-199x300
もう直ぐ一丁平

恒例の高尾山親子遠足を行いました。山頂のはるか向こうにある一丁平まで。行きはケーブルカーに乗りますが、帰りは6号路を通って、全て歩いて下山します。

毎年、お父さんの参加が増え、今年は40名を越えました。平日の遠足なので、お父さんは会社を休んでの参加です。いろいろなご苦労をされて当日を迎えます。

朝8時半に集合、そして最終メンバーが登山口のケーブルカー改札口に辿り着いたのが午後5時過ぎ。これは新記録でした。保育園の遠足で、こんなに長い時間をかけるのは、他にはあまりないと思います。

たくさんのアンケートがお父さん、お母さんから届きました。今回は二人のお父さんのアンケートをご紹介いたします。

アンケート1
☆ 「これは歩けないだろう」娘から渡された地図を見て、そう思った。先月、練習で小宮公園まで行ったとは聞いていたが、練習が練習にすらならないような行程だったからだ。私は娘を背負って下山する自分の姿を思い浮かべた。しかし、私の予想は裏切られていく。「やっほー」と楽しそうに声をあげ、元気よく歩く子供たち。下山の時、少し疲労の色が見える娘が言った。「年長さんは諦めない!」年中時代の総合保育『わくわくキッズ探検隊』でのフレーズの引用だ。年少から続く総合保育が活きた瞬間だろう。諦めない子供たちは頑張って沢にたどり着き、元気に遊んで帰っていった。—歩ききれるー子供たちの力を確信して行程を組んだ保育園とその信頼に見事に応えた子供たちに私はただ驚くばかりだった。

お仕事は作家さんかな?

アンケート2
☆宏樹との2人っきりでの園の行事は今回の高尾山遠足がはじめてでした。そういう事もあり私は前もって会社に休みを希望し、仕事が入らない様に前日までに全て終わらせ、楽しみにしながら当日を迎えました。宏樹も「パパと行くのが楽しみ!!」とずっと言ってくれました。ママも行こうかなあと言うと「パパがいるから行かなくて良い!!」と本当にパパにとっては嬉しいことを言ってくれました。遠足が始まって最初から最後まで自分の足でしっかりと歩き、何ひとつ弱音を吐かなかった子供の姿を見てとても感動し、すごく愛しくなりました。3人の子供全てが可愛くて仕方ないのですが、宏樹は一番「子供らしい」子で、出来ることならこのままの宏樹くんで成長してくれたらなあと登山中感じていました。毎回共励の行事に参加する度にこの保育園に通っていて良かったと思います。

仕事に対する配慮をして親子遠足に参加する親心。ありがとうお父さん!

 

山頂では、お父さんたちにお願いして、「鯉の滝登り」というゲームをします。お父さんたちが、向き合って手をつなぎ、そろって並んでいくと、ベルトコンベアーのようになります。その上に子供たちがアンパンマンのようになって乗ると、お父さんたちが手を動かして、コンベアーの先の方に子供たちを運んで行きます。

子供たちの笑顔と、お父さん達の笑顔。全くお金のかからない遊園地です。子供たちより、お父さんたちの方が嬉しそうです。それを見ているお母さんたちも幸せそうです。

親子遠足は、みんなが子供の頃を思い出すことができる、とっても意味のある行事です。

鯉の滝のぼり
鯉の滝のぼり

最後のパパが並んで子供を運ぶゲームで
みんながひとつになれてよかったとパパが言っていました。(アンケート3)

 

イノベーション・オブ・ライフ

イケダハヤト氏ご推薦の世界で最も影響力のあるマネジメント50人(Thinkers50)で第1位を獲得したクリステンセン教授のハーバード・ビジネススクールの最終講義「イノベーション・オブ・ライフ」(クレイトン・M・クリステンセン著)を読みました。

イケダハヤト氏は、共励保育園にまで足を運び、3時間半の取材後、ご自分のブログに共励保育園の保育について印象を書いてくださいました。その後、拙著「便利な保育園が奪う本当はもっと大切なもの」についてイハヤト書店で紹介してくれています。

http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/20136(イケダハヤト氏の感想)

http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/20150(ノマド・ワーキングについて)

さて、表題のイノベーション・オブ・ライフ、この本にはとても大切なことが書かれています。子を持つ親のための必読書です。

「ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」(How will you measure your life.?)と副題し、豊かな人生を送るために、ハーバード・ビジネススクールを卒業する若者へ贈る言葉としてまとめられたものです。

その中の「人生の投資を後回しにするリスク」(102ページ)には、次のように記されています。

『とくに前途洋々な若きエリートたちが陥りがちな間違いは、人生への投資の順序を好きに変えられると思いこむことだ。たとえばこんなふうに考える。「いまはまだ子どもたちが幼くて、子育てはそれほど大事じゃないから、仕事に専念しよう。子どもたちが少し成長して、大人とおなじようなことに関心をもつようになれば、仕事のペースをおとして、家庭に力をいれればいいさ」。 さて、どうなるだろう? その頃には、もうゲームは詰んでいるのだ。人生の試練を乗り越えるためのツールを子どもたちに与えるには、それが必要になるずっと前から・・たぶんあなたが思っているはるか前から・・子どもに投資しなくてはいけない。』

以上のように前書きして、生後数年間の子どもへの関わり方がいかに大切かを示します。ハーバード・ビジネススクール版「三つ子の魂100までも」です。

生後2年半までの、「親の語りかけ」が与える影響はとても重大で、この語りかけについては、単に子どもに何かを語りかければいいというわけではなく、「仕事の話」(用向きの話)という子どもに一方的に指示する言葉がけより、「言葉のダンス」という親子で楽しく言葉を交わす言葉がけの影響がとても大きい事を知らせてくれます。

そして、子どもたちが学校にあがってからの追跡調査でも、子どもたちが生後30ヶ月間に聞いた言葉の数と、成長してからの語彙と読解力の試験の成績とは、とても強い相関(0.78)があったとのことでした。

同じクリステンセン教授の著書「教育×破壊的イノベーション」の第6章「幼年期が生徒の成功に与える影響」には、幼稚園入園前になされるべきことがうまくなされれば、学校の仕事はかなり楽になるとして、次の3つの事をあげています。

1.幼児期に知的能力を開発すること。
2.強い、肯定的な自尊感情(核となる自己像)を養うこと。自尊感情は生涯にわたって育まれるが、その基盤は幼児期に確立される。
3.生涯にわたって学習を継続する動機となる、知的好奇心を触発すること。

これらは、共励保育園の総合保育の実践で子どもたちが獲得するようカリキュラムに組まれている内容となっています。

さて、仕事ばかりに心を奪われている親や政治家たちに、クリステンセン教授は次のように助言しています。

『人を雇って入学前の語りかけに成功していない親の代わりをさせる計画に資金を提供するよりも、親になる前の子どもに、親になるとはどういうことなのかを教えた方がおそらく効果が高いはずだ。(中略)生後間もない時期にどのような方法で子どもとふれあえば、子どもの学業面での成功を助けてやれるかという知識は、世代を超えた学業不振と貧困の悪循環に子どもとともにとらわれてきた、スラム街の若いシングルマザーに大きな利益をもたらすだろう。』

『また、この知識は将来の共働き夫婦にも役立つだろう。親になったばかりの共働き夫婦は、出産後できるだけ早く職場復帰しようとするあまり、乳幼児を早い時期から保育士の手に委ねることが多い。だが大勢の子どもを預かる保育士は、仕事の話(用向きの話)で手一杯なのだ。』(156ページ)

この助言は、ハーバード・ビジネススクールからの助言です。子供を保育園に預ける事ばかりに懸命になっている日本の親の方たちも、一歩立ち止まって、クリステンセン教授の助言に耳を傾ける必要があると思います。

親は、保育園には限界があることを、まず第一に知らなくてはいけませんし、「あまりにも不十分な国基準」だけで運営される株式会社運営の保育園では、「言葉のダンス」がどれほど保障できるかは、大いに疑問なのです。

どの子も自分のお母さんが、世界一大好きですし、お母さんとの対話(言葉のダンス)を望んでいます。その言葉のダンスは、子どもが言葉を獲得するずっと前から(生後12ヶ月が一番大切とのこと。また、胎内にいる間から子どもに語りかけることはとても大切と言われる方も多いです。)必要で、大切であるということは、やはり子どもが小さいうちは(特に0歳や1歳の子どもたちに関しては)、親が自分で育てることが大切のようです。

親だけでは大変ですので、子育て広場を利用すれば、子育てはとても楽しい体験になるはずです。012歳の子供を母親と分離させてしまう保育園の数を増やすより、親子で一緒にいられる子育て広場の方が、子どもにとっても、お母さんにとってもメリットはずっと大きいのです。それに、無理に保育園に預けようとしなくてよいのですから、待機児解消の切り札にもなります。

良識的な保育者は、集団での保育や教育は3歳からが望ましいと思っていますし、クリステンセン教授が指摘するように、012歳期での親との関わりが、後の集団保育・教育の質を支えるというのは、保育現場でも同意見です。3歳以降の集団保育が良い効果を持つことができるのには、012歳児期の親との関わりがとても大切だということです。

安倍総理が3歳までの育児休業を推進してくれることは、子どもたちにとって福音となります。お母さんにとっても、これは喜ばしいことなのです。それを、ご自分の仕事のキャリアと引き換えにするというのでは、あまりにももったいないのです。キャリアは何とか取り戻せますが、子どもの0歳や1歳の時期を取り戻す事はできないからです。

キャリアが取り戻せないと思い込むとしたら、会社がそのように仕向けているからでしょう。子育てを終わってから仕事に戻って、とても立派な成績を残している女性もいると聞いています。森雅子少子化担当大臣もそうだと思います。

20年経てば、0歳の子は20歳になります。社会に出てきた子どもたちが、よく育つかどうかは、012歳の頃の親との関わり(言葉のダンス)に強い関係があるとすれば、子育て時期のお母さんに対する配慮は、会社への投資であると社長さんも思った方が良いのです。

会社の社長さんが、若者を採用する段階で、社会的な力がないと悲鳴を上げていると聞いていますが、子どもが012歳のときに投資が大切だというクリステンセン教授の助言に耳を傾けるべきだと思います。これは、イマジネーションの問題でしょうか?いや、科学的に調査した結果、引き出された結論です。脳科学的にも証明されるでしょう。

日本の会社の社長さん、どうぞよろしくお願いいたします。

森まさこ少子化担当大臣に期待する!

5月6日の午後10時から放映された「ニッポンの大疑問αーどうする?少子化対策」(BS日テレ)で、森まさこ少子化担当大臣が、日本の子育てに、希望が持てるような発言をしてくださり、大変嬉しい思いを持ちました。

録画をしなかったので、発言の正しい内容は再現できませんが、私が感じたことを述べたいと思います。

以前、BSフジの「プライムニュース」に登壇されたときは、そばにいた藤沢久美さんがよく話され、森さんはあまり語らない人だと思っていましたが、その印象は消え去りました。

今回、森大臣は、とても見識のある意見を述べて下さっています。

特に母親の働き方について、女性のアナウンサーに「あなたは、お子さんをお持ち?」と逆質問をしてから、ご自分の体験を語り、「子供を二人育てながら、(長時間?)働くなんてムリ!ムリ!」と言い切っていたところが、とても潔かったです。

また、統計数字を使って「日本人絶滅危惧種」になってしまうということを、おっしゃっていましたが、その言葉の裏には、「子育てを大切にしないと」という意味が含まれているようでした。そうです、「子育てをしない哺乳類は絶滅危惧種になります。」

世の中では、働く女性から、「3年の育児休業は現実離れしている」との意見が多いようですが、森少子化担当大臣は、「働きながら子育てをしている人は何パーセントか知っていますか? 約25%ですよ!残りの75%は自分の手で子育てをしています」と発言し、子どもたちを保育園に預けたい人たちばかりの意見だけではなく、子供を自分の手で育てたいと思っている大多数の人達の意見を尊重しなくてはいけないことを強調され、働き方の見直し、いろいろな形の働き方が認められることが大切であることを訴えておられました。

そうです、子供が小さい内は自分の手で育てたいという母親は、国立人口問題研究所の出生動向調査でも、まだ69.5%います。埼玉県では、幼稚園に通う子どもたちは、70%だそうです。

マスコミは、ご自分達がそうだからかもしれませんが、待機児解消を叫ぶ一部の発言力の強い人達の意見を取り上げ過ぎのような気さえします。

森大臣は、少子化問題は、結婚しない若者に原因があり、経済的状況や若者の働く環境を整える策がまず取られなくてはならないと断言されていました。私もその通りだと思います。

子どもたちが求めて止まないお母さんを長時間働かせるより、若者が働く方が絶対に良いはずです。

いくら昨今の若者が外国の若者と比べて見劣りするからと言って、(これはある証券会社の支店長さん(元人事部長)がはっきり申していたのですが)、やはり日本の若者を育てていく責任は会社にはあるのだと思います。

尾木直樹さんの発言は、良くもあり、悪くもありでした。

株式会社の運営する保育園の危うさについては的確に指摘しておられましたが、「少子化対策には、非嫡出児も多いに認めてどんどん生んでもらうことがよい」などと発言されました。一体その子どもたちを誰が育てるのでしょうか。

決して、差別をするわけではないのです。夫婦揃っていても、一人の子供を育てるのは、とても難しいのです。我々保育者も一生懸命援助はしますが、やはり無理がでてきます。

「保育園に預ければ、子供たちの幸せが確保される」とは、とても言い切れない状況が広がっている以上、私たち保育者は保育の現場の状況をしっかり訴えなくてはならないのだと思います。

横浜の待機児を解消した事例は、待機児問題解消策の決定打のようにマスコミに取り扱われており、安倍総理も「横浜に続け!と明言されておりますが、あれで大丈夫でしょうか。

多分、横浜市の待機児解消策は、それ程遠くない将来に、問題が噴出するような気がします。すでに問題点も報道されているようです。5年後、横浜の小学校がどんな状況に見舞われるか。私は、学校の先生がその答えを示してくれると思っています。

イノベーション・オブ・ライフの著者 クレイトン・M・クリステンセンは、問題の一部のスナップショットを見ただけで対策・施索を立てることの愚かさを伝えてくれています。

全体像を理解できる人が施索を立てるのであれば、物事に必ず付随する裏表の問題について、少しは対応が可能にはなると思うのですが、待機児対策を見る限り、一部の強い意見によって、際立った問題だけに焦点が当てられ、その問題を解決するよう政治や行政に迫る強い動きが、結局問題を更に悪化させてしまうのではないかと感じられるのです。これは愚かなことです。「群盲像をなでる」にならないようにしてもらいたいものです。要は、現実の起こっている問題の真の出所を見つけることが必要なのです。そこを曖昧にすれば結局問題の解決には至らないのです。

さて、保育士は、保育の知識の欠けている総合規制改革会議のメンバーに、その誤りを教えてあげなければなりません。「子供たちのことを考えようとしない、考えることができない人達が、国の将来を語ることはできません。」

以上

香山リカのココロの万華鏡で

平成25年4月9日付、毎日新聞の「香山リカのココロの万華鏡」に次のような願いが書かれていた。

「いま子育て中の人には理由や条件抜きで、子どもに「世界一かわいいわね」「こんなにお利口さんはいない」と声をかけてあげてもらいたい。」、と。

香山氏は、親からの愛を受け取ることができなかった小説家の佐藤亜有子さんの若すぎる死を嘆いている。そして、「子どもの頃に親から愛されなかった」というココロの傷が、大人になってからも癒えない人は少なくないと指摘する。子どもの頃に無条件で愛され、思いやりをもらった子は、他人を信じることができる。そうした体験が不足すると、他人を信じることができにくくなるばかりか、自分をも信じることができなくなると言われる。

だから、香山氏は、子育て中の親は無条件で子どもを愛して欲しいと訴える。

杉並区を筆頭に、足立区、大田区、はたまたは埼玉県まで。待機児の子を持つ親たちの行政不服申請が続出している。

どうしても子どもを保育園に預けたいらしい。しかし、預けられる0歳や1歳の子供たちの心を考えてみれば、その子たちが、喜んで保育園に預けられたいと思っている訳がない。

世界一大好きなお母さんと一緒にいたいのである。

確かに、家のローンや家賃のことを考えれば、妻が働かなければやっていかないという状況は理解できる。でも一方で、柳美里氏が著作「家族の標本」で訴えていたこと、「家族の不幸は家のローンから始まる」といったことも考えてしまう。

お金が大事か、子どもが大事か、どっちだろうか。とにかく子育ての時間が失われる。子どもは一対一の関係を親に望んでいる。保育園ではそれができない。

昨日来園した保育園のパネルの修理にやってきてくれた部長さんが、「この年度末は、とても忙しかった。とにかく一ヶ月で保育園にしてくれというような要望が相次ぎ、結局手抜き工事のオンパレードになってますよ。」と、嘆いていた。

補足するが、この部長さんが扱ってくれたパネルはもう35年を経過しているのに、きちんと修理にやってきてくれるのですよ。このような方だから、現状について嘆かれているのだろう。

お話を聞いて、突貫工事で保育園を作っている社会の状況が分かった。やはり、この国の保育施策は、曲がり角を曲がってしまったのだと理解できた。

厚生労働省の村木厚子さんが、待機児解消のため、法律を前倒しにして、無認可保育所に国の補助を出すというようなことを始めたから、無節操な会社が、どんどん保育所を作り始めているということなのだろう。本当に困ったことだ。

共働き夫婦の子育てをどう支援するか

「共働き夫婦の子育てをどう支援するか」

中野由美子(目白学園女子短期大学教授)

仕事と子育ての両立支援としての延長保育  

少子社会での家庭支援に向けて、国や行政は、保育サービスの多様化、父親の育児参加や子育てのネットワーク化を支援する体制の整備を急ぎつつあります。5年前から実施されている十カ年計画の子育て支援策「エンゼルプラン」の前半5年間は、仕事と子育ての両立支援、延長保育による親の就労支援が中心でした。平成11年度末には、9000ケ所の保育所で、7時ころまでの延長保育が定着する予定です。同時に、待機児が解消されない低年齢児保育の拡大や病児保育施設の設置、学童保育所の定着などがこれからの課題になっています。

その一方で、身体の動きがぎこちない、生活リズムが定着していない、食事についての悩みが多いなど、生物としての子どもの行動が変わってきているという報告や、周りの子どもへの関心が低い、集団保育が成り立たない、学級崩壊につながる予兆があるなど、社会的な存在としての子どもの変化を心配する声も聞かれます。子どもの変化の背景には親の変化、社会の変化があるわけですが、「親の子育てを見ていると予想できないようなことが起こる」「親にどういえば理解してもらえるか悩む」など、保育者たちは最近の親子に、今までにない質的な違和感を抱き始めているようです。

保育士から見た延長保育「保育者たちの調査から」

このような状況を確かめるために、平成11年7月、私たちは、横浜市とその周辺地域で、園の責任者と保育者にアンケート調査を実施し、約436人からの協力を得ました(保育所179人、幼稚園165人、保育ボランティア92人)。園での子どもの様子や親の子育てのしかた、保育者の家庭支援の現状を中心に調査し、延長保育についても自由記述をお願いしました。

ここでは、保育者たちが延長保育拡大の影響をどのように感じているのか、生の意見を紹介しながら、共働き夫婦の子育て支援について考えてみましょう(調査した保育所の延長保育は夕方6時30分~7時が多く、その実施率は68%でしたが、97%が今後の増加を予想していました)。

子どもにとっての延長保育 

子どもにとってのプラス点は、「遊び場があり、異年齢の友達がいつもいる」「4歳以上には問題が少ない」であり、ついで、「二重、三重保育から解放される」「母親に時間的な余裕ができストレス発散になるので、子どもにやさしくなれる」「密着している親子関係にはよい」などでした。

マイナス点としては、心身への負担(とくに0~2歳の低年齢児)を心配しており、「生活リズムが夜型になり、疲労が取れないのか昼間ボーッとしている」「親子接触時間が減り、親との一対一のスキンシップや甘えの充足が不十分になりがち」「集団生活が長引き緊張が続き、リラックスする時間の減少が、体の疲れと心の欲求不満につながっている」などの意見が大勢でした。保育士たちは、家庭的な雰囲気の部屋づくりや保育内容の確保、親代わりの役割に配慮して、延長保育に対応しようとしていました。

親にとっての延長保育

親にとってのプラス点は、「送迎時間を気にせず、仕事に専念できる」「時間的に余裕ができる」などですが、「かえって家庭に帰ってからの忙しさが増すので、母親の健康への心配や家事負担感が増えるのではないか」というような、母親と同じく働く女性の視点からの保育士の意見はかなり厳しいものがあり、マイナス点の指摘が多いことに驚かされました。

「園は家庭には代われない。家庭が寝るだけの場ではおかしい」「延長保育が、親の労働時間の増加でしかなく、親子の接触時間の減少とその内容の貧しさにつながっているのではないか」という危惧、「親の時間の余裕が、子育ての余裕につながるのか」「子どもの世話は他人任せでよいのか」という懐疑、「親が楽するほど、子どもの育ちは悪くなっていく」「必要がないのに預ける親もいる」などの親への批判、「子どもの成長過程を親が知らないままでいいのか」「親の子育て心を萎えさせる」「親が大人として育っていけなくなるのではないか」などの親の成熟を心配する声、さらには、「親が楽をするだけの支援の手伝いはしたくない」「長時間預かることが支援だとは思えない」「保育所ではしかたがないが、幼稚園ではしてはいけないと思う」など、保育士自身の自己葛藤も見られました。

延長保育の直接の担当者となることが多い独身や未婚の保育士の中には、「女性も働く時代だからしかたがない」「親子関係は内容と密度の問題。親がしっかりしていれば心配ない」「子どもも小さい時から、自立してしっかりするようになることが大切」「親と保育士との話す機会が増え、親の気持ちを理解できるようになった」など、少数ながら前向きに受け取る意見も見られました。

保育士から見た延長保育

しかしそれ以上に、延長保育は、「子どものためよりも、親のためでしかない」「長期的に見て、本当の子育て支援になるのか疑問に思う。親が子育てに喜びを感じ、親自身が苦労して親子の絆をつくることが親子の将来にとって最も大事なこと。子育て支援が、子育て放棄につながらないか胸を痛めている」「親が仕事と子育ての両立にイライラしている。預けっぱなしの親、行事に参加しない親、無反応な親が多い。親の関心、親からの感謝の気持ち、親の子育ての意欲があれば応じる態勢はあるが、保育者としての意欲がなくなる現状である」など、現状への懐疑的な意見が多いのが事実です。

総論は、「延長保育が子育て支援という短絡的な考え方ではなく、育児そのものを喜びと感じることができる風潮がほしい。上の世代が若い世代を受け入れる力がなくなりつつあるいま、若い人たちが育児に関心をもてるような世代間交流を考えていきたい」、そのためには、「延長保育よりも、幼い子どもをもつ親の労働時間の短縮、母親の再就職や労働保障制度をつくることが先決。保育所では、乳幼児期の親子関係づくりにマイナスにならないような、そんな親子の絆づくりの支援をしていきたいと思う」という意見に集約されるといえましょう。

家庭支援者である保育士たちの新しい役割

この調査の保育士の86%は、「保育士は子どもの保育だけをすればよいと思う」とは思っておらず、78%が「不足している親子のかかわりを援助することは、保育士の役目であると思う」と答えています(幼稚園で60%、保育ボランティアで78%)。また、「保育士が親の子育てに介入することは、好まれないと思うか」の問には、約65%が「ちがう」と答え、「そうだ」の33%を上回っていました。

保育者たちはすでに、次世代の主人公である子どもの健全な成長のためには、親への支援は避けて通れないことを認識し始めています。そして、子育て体験の乏しい親の世代を理解し支援することの必要性を感じ取り、「子どもの家庭での様子を親に聞き」、「保育中の子どもの言動を親に伝え」、「批判することなく親の話を聞き」、「親を励ましたり、ほめたりし」、「親に問題点の指摘だけではなく、具体的なやり方や見通しを伝え」、「子育て以外の親の相談にのり」、「親の友達づくりを援助する」役割を取り始めていました。

「子ども預かり型」支援から「親子関係づくり型」支援へ

私たちは、21世紀の家庭支援として、子どもだけを「預かる」発想から一歩進んで、親子が共に育つ家庭支援、「親子関係づくり型」支援を提案しています。これからは、「子どもを預かるほど家庭が機能を失い、親も子も疲れる」ことのないような支援、親の労働支援だけではなく、親が成熟する機会と親子の信頼関係を充分に形成でき、子どもの成長・発達が保障される家庭支援が求められています。太陽と水、きれいな空気とこやしを施しながら、親子の根っこの部分をゆっくり、そしてしっかりと育てる子育てができる、子育てを楽しむ余裕と自己実現できる生き方を母親に保障する、子育てに参加する時間と喜びを父親から奪わない社会のあり方を実現する、そんな家庭支援であってほしいと願っています。

「親子関係づくり型」支援の担い手は、保育者が最もふさわしいと思います。なぜなら、保育所や子育てネットワークには、親子が共に相まみえ、育ち合える条件が揃っており、親子の間をつなぐ位置にいる保育者の経験はそのまま、親子育ち、親子育ての支援者としての条件を満たしているからです。保育者は、その成長を促す豊かな生活体験を通して人間発達の基盤を支える「子どもへの支援者」であるばかりでなく、子育ての協働者として親を支え、励まし、育てる「親たちへの支援者」でもあるのです。

多くの調査結果が物語るように、共働きの母親たちは専業の母親よりも、「子育てが楽しい」「子どもがかわいい」と感じている割合が高いのです。共働きの親は、自分たちだけの子育ての限界を肌で感じ、保育士との連携が子どもの成長に欠かせないことを知っています。そして、保育士の支援があるからこそ、親子が成長できるありがたさも分かっています。これからの保育者は、保育の専門家としてだけではなく、親子が集い、遊び、学び、相談する場として保育所を位置づけ、親子関係を支え、親を育てる家庭支援の専門家として、その新しい役割を模索してほしいと願ってやみません。

参考文献: 中野由美子・土谷みち子編著『21世紀の親子支援-保育者へのメッセージ-』
1999年、ブレーン出版
家庭教育研究所紀要21号『今後の育児支援を保育者の立場から考える-保育者調査の結果をふまえて-』
1999年、財団法人小平記念会家庭教育研究所

 

中野由美子(なかの・ゆみこ)

(財)家庭教育研究所教育委員。目白学園女子短期大学生活科学科教授。

1944年 生まれ。京都大学教育学部卒業。東京大学教育学博士課程修了。

子育てにおける 母親・父親の役割やその影響に関する研究、両親の成長を支援する両親教育に取 り組む。

共著に『21世紀の親子支援』(ブレーン出版)、『子どもの発達と父親 の役割』(ミネルヴァ書房)など。

EUの子育て支援政策 「家族責任」

EUの子育て支援政策

子どものニーズをめぐる親と社会の責任

岩上真珠(明星大学教授)

はじめに

昨年、厚生省の「育児をしない男を、父とは呼ばない」というキャンペーンが注目されたが、話題を呼んだこのフレーズの背景には、EUが推進してきた男女機会均等推進行動計画(Action program of equalopportunity for women and men)の基本的理念がある。 我が国でも男女共同参画社会の構想のもと、子育て支援や女性が働きやすい環境の整備など、政府レベルでの取り組みも始まった。その背景には、1980年代から急激に加速した、世界でも類をみない速度で進んだ未婚化、少子化、高齢化の人口変動がある。少子・高齢化はいわば先進社会の宿命であるが、ここでは、いち早くそうした動向に反応し、それをジェンダー政策として展開する中で、子育て支援をはじめさまざまな家族支援政策を押し進めてきたEUの取り組みを紹介してみよう。

1.EUの男女機会均等推進行動計画と「家族」政策

家族政策への舵取り

女性の社会進出を図るために、EUにおいて1970年代から準備され、80年代に入って本格的に動き始めた雇用をめぐる男女平等化政策は、90年代に入ると、子育て支援という形で家族政策としても登場するようになった。雇用の機会均等から始められた平等化政策の推進は、当然の成り行きとして、教育、地域社会、家族をはじめとするあらゆる社会的セクターにおける平等化の進展を促すことになった。とりわけ、女性の職業社会への進出に伴って議論されるようになった幼い子どもの子育て担当の問題をきっかけに、ジェンダー政策の推進は、必然的に家族政策と連携することとなった。
そもそもEUにおいて、家族に直接かかわる政策が登場するのは1980年代後半になってからである。それまでEU委員会は家族の問題に立ち入ることには消極的であった。それには3つの理由がある。 (1)若者、高齢者、健康問題などは、各国間のイデオロギーに相違があり、EU内部の分裂を生じやすい、(2)家庭生活はプライベートな領域であり、国家の干渉を嫌うと考える政府がある、(3)これまで、EU内の主要国が市民権よりも労働者の権利に焦点を合わせていたので、EC時代を通じて家庭の福祉は低い優先順位しか与えられてこなかった経緯がある、というものである。

次代の健全育成への関心

しかし、80年代後半になると、EU各国は積極的に家族に法的位置づけを与え始めた。1989年のEC委員会(当時)報告書においてはじめて、家族が「社会の凝集性と未来に」基本的な役割を果たすことが示され、また、イデオロギーの基盤としてではなく、重要な経済的役割の担い手であるという理由によって、家族がEUレベルのアクションの対象となることが正当化されたのである。我が国と同様、こうした動きの背景には、EU諸国が過去20年間に経験してきた、出生率の激減、結婚率の減少と離婚率の増大、婚姻外の出生やひとり親家庭の増加など、次代の育成にかかわるEU各国共通の課題があったことも事実である。女性の職場への進出を積極的に促し、かつ出生率を回復もしくは維持するためには、子どもが産みやすい、また育てやすい環境整備が不可欠とEUレベルで認識されたのである。

2.職業生活と家庭生活の両立

子育て支援を明確にしたEUの男女機会均等推進第3次行動計画

ところで、今年で第4次を終ろうとしているEUの男女機会均等推進行動計画(アクション・プログラム)の実質的スタートは、1970年代である。一定の準備期間を経て、第1次(1982-85年)、第2次(1986-90年)、第3次(1991-95年)、第4次(1996-99年)と展開されてきたこの行動計画において、明確に「家族」に焦点があてられるようになるのは、第3次行動計画からである。第3次計画では、子育てに関する女性と男性、家族と社会の責任の分担が、EU本部および加盟各国の家族政策として登場してきた。すでに、1986年に第2次行動計画において子育てネットワークが設置されていたが、1991年には「男女の雇用と家族責任の両立に向けた子育てネットワーク」という新名称で強化された。90年代後半からの第4次計画においては、第3次での方針がさらに徹底された。すなわち、男女双方が仕事と家庭生活を両立させるための政策の推進と、政策決定過程でのジェンダーバランスへのいっそうの配慮が目標として掲げられている。

さて、女性の雇用における地位の確立を目指してスタートした男女機会均等推進行動計画の展開過程において、明確に打ちだされてきた理念が「職業生活と家庭生活の両立」である。この背景には2つの動向が考えられる。第1に、家族にかかわる人口学的現象の変化(とりわけ出生率の低下)、第2に、「被用者の権利」から「市民の権利」へという女性政策の転換である。そこで、こうした理念が登場する経緯を、この行動計画を一貫してリードしてきたデンマークの例でみていくことにしよう。

家庭生活はこれでいいのかという疑問

デンマークでは、男女の平等を早くから政策化し、EU域内にあってはスウェーデンの加盟以前には女性の労働力率がもっとも高く、1980年代当時、20~59歳ではゆうに80%を超えていた。子育て期間の落ち込みもなく、男性と同じいわゆる台形型の就労曲線を描く。ところが、そうしたデンマークで、1980年代半ばに家庭生活の現状を疑問視する声があがり始めた。たとえば、「子どもたちは両親をしっかりみているか」「子育てに実際に責任があるのは誰か-親か保母か」「父親は家事に十分参加しているか」「家庭が大事だと言いながら、なぜ親は長時間働いているのか」などの点についてである。これらの議論の背景には、1980年代はじめに1・3台にまで落ち込んだ出生率の急激な低下と、子どもの問題行動頻発への危機感があった。
そこでデンマーク政府は、政府全省を横断する子どもに関する委員会を設置して「家庭生活と職業生活の調和」のプロジェクトを設け、家族の労働時間についての議論を本格的にスタートさせた。その結果、(1)子どもは親と緊密で安定した関係をもつべきである、(2)子どもは子どもとして生活する機会を与えられるべきである、(3)子どもは社会のメンバーである、(4)子どもは責任をもつべきである、(5)子どもは健康な生活をする機会を与えられるべきである、という5項目の合意事項に基づいて、1990年代から政府のすべての省において具体的な取り組みが開始されることとなった。つまり、男女平等化の流れの中で、「子どものニーズと親の責任」がはじめて正面から取り上げられたのである。こうしたデンマークの問題意識と試みは、「家族責任」の理念とともに、EUの第2次、第3次男女機会均等推進行動計画の家族政策への傾斜を急速に促すことになった。

3.「家族責任」という理念の登場-被用者の権利としての親役割の遂行

男女の家族責任という考え方

「家族責任」という言葉が、EU諸国の男女機会均等推進行動計画の公式文書に登場するようになるのは、第3次行動計画からである。そこでは明確な定義はなされていないが、この理念が、そもそもは子どもをもつ労働者の権利として登場してきたことは確かである。1991年にILOの「家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約第165号」(通称ILO165号条約)の中ではじめて言及され、1993年にはILOの報告書において「家族責任をもつ労働者」の特集が組まれている。この中で主張されているのは「男女被用者は労働者であると同時に家族責任も有しているのだから、雇用者はそのことに配慮すべきである」という点である。ここで注目されるのは、従来、女性被用者に特定して用いられてきた家族責任の考え方を、男性被用者にも拡大したことである。こうして雇用における男女平等の促進は、90年代に入って親役割を果たす権利として、出産休暇とならんで、育児休業、病児の看護休業、就業時間の短縮、フレックス制の導入など、働き方のシステムそのものを見直す動きとなっている。つまり、子育て、すなわち次代の育成を社会の責任としてとらえ、使用側はそのことに配慮する実質的責任を問われるようになってきているのである。

新しい取り組み

EU各国は、それぞれの事情に応じて上記の理念を政策に生かす努力をしているが、注目されるのはオランダの取り組みである。従来オランダでは、我が国と同様「子どもは母親が家庭で育てるべき」という考え方が国民の間に根強くあったといわれている。今日でも「子どもは家庭で育てるべき」という点は広く支持されているが、異なるのは、男女がそれにあたる方法を国レベルで模索した点である。つまり、オランダ政府、労働組合、使用側の三者が協議のテーブルにつき、男女のパートタイマーでの就労を促進したのである。
オランダ政府は、1996年の新法施行と同時に「1・5稼働モデル」を打ちだし、夫婦合わせて1・5(フルタイムを1とすれば、フルとパートの組み合わせでもよいし、パート同士の組み合わせでもよい)という働き方を推進した。これは、基本的にはジョブ・シェアリングの考え方であるが、それを男女で行おうとしている。それが可能なのは、時間給賃金、社会保険、手当、年金、昇進など、雇用条件をフルタイムとパートタイムでまったく同等にした点にある。もちろん、90年代はじめからの国内諸政党の地道な努力の結果として、パート法改正、諸手当の改正、昇進条件の改正等、徐々に環境と条件が整備されてきたことではあるが、男女で働き、男女で子育てを実践して、「ダッチ・ミラクル(オランダの奇跡)」と呼ばれる、EUで1、2を争う好経済状態を実現したのである。
さて、振り返って我が国での子育て支援のあり方をみると、「社会全体で取り組む」という姿勢・視点がまだ弱いように感じる。デンマークのような保育所、デイケア・センターの充実といった地域での支援体制の面や、オランダのような働き方の支援体制の両面を含め、取り組むべきことはまだまだ多いように思われる。