運動会のアンケート(2)

再び、運動会のアンケートから

 

運動会では先生方のご指導やご準備のお陰でとても楽しい運動会ができたと思います。

親子での騎馬戦はとても楽しかったです。

親が見るだけの運動会ではなく、子供たちと一緒に楽しめる運動会なので、私がこの歳になって騎馬戦ができるだなんて〜〜Happyです。

小学生になると、見るだけの運動会になってしまうので残念です。

年長さんのリレーを見て、年中さんとの走り方がこんなにも違うんだとびっくりしました。子供の1年間の成長はすごいですね。

園長先生が負けたり勝ったりの中でいろいろな事が学べるというお話がありましたが、最近ではいっせいのせでゴールするとか、そんな話も聞きますが、

やはり、「全力を尽くして負ける」、「全力を尽くして勝つ」からこその喜びだったり、悔しさだったりだと思います。

私も中学・高校と全力でテニスを頑張ってきました。

一生懸命頑張ったからこそ知れた感情が沢山あります。

子供にも、そういった感情を感じる事のできる人生を送ってもらいたいので、とにかく、何事も全力でがんばってほしい。

どうもありがとうございました。

 

意欲の源

共励保育園の4:4:2の法則の運動会が終わった。

どの子も、意欲満々。それぞれの競技に挑戦していた。子供たちの懸命に努力する健気な姿に涙する親は多いはずだ。子供たちは、かくも大人を幸せにしてくれる。

その子供たちの意欲はどこからくるのか?

私の運動会の保護者への挨拶に毎年欠かさない言葉がある。

「子供たちを精一杯応援してください!子供たちは皆さんの応援を食べておおきくなっていくのですから!」

光の子どもの家の菅原哲男さんの著書「誰がこの子を受けとめるのか」の165ページに「意欲」と題した一文がある。是非、ご紹介したい。

『意欲』

先日、学校の先生の家庭訪問があった。その中で、「どんなに手立てを尽くしてやっても、子どもに向上への意欲がないと教師はお手上げです」という話があった。

過日、光の子どもの家を会場にして、埼玉県児童福祉施設職員研究会が行われ、ここでも学習意欲のない子どもへの学習指導はお手上げであると言葉をきわめて語られていた。馬を川に連れていくことはできるが、水を飲むのは馬の意欲の有無による、と。

確かに意欲のない子どもへの教育は不能なのかも知れない。しかし、本来的に意欲を欠落させていた子どもなどいるのだろうか。

子どもは生まれる前から様々な意欲を表し続け、何も分からないと思われる新生児が最も活動意欲に溢れ、乳児の外界への知的あるいは身体的なそれは途絶えることがない。幼児から小学校入学前後までの、あらゆる事物への旺盛な意欲は誰にも止めることなど出来ないほどである。そんな意欲が、その後、消失するのは何故か。

自分の行動範囲や知的世界の拡大を望まなくなるのは、子どもの裡に原因があるとは考えられない。

(大人は)意欲を何らかの理由で失ってしまった子どもの状況を、表面的にとらえ、対症的に対応し、矯正しようなどと試みるようになっていく。子どもにその原因をどんなに熱心に尋ね、子どもをいじくりまわしても、その解決はできないのである。断じて。

教師にしても施設職員にしても、自分が意欲を削いではいないかと疑うべきである。技術や知識や姿勢や方法等に問題はないかと。子どもの問題の多くは関わる大人の問題なのだから。

とは言え、養護施設に学習意欲の欠乏した子どもは多い。どうしてそうなるのかを尋ね当てる職員は少ない。熱心な職員ほど子どもにその原因を追及するので、子どもはもちろん職員も疲れ苛立つ。力関係で子どもはもう一度、被害者になってしまう。体罰や暴力への目眩むような誘惑の発生源である。

這えば立て、立てば歩めの親心と言われ、愛に満ちた親や家族の期待が、胎児の時から、新生児、乳児、幼児、学童へと膨らんでいくのが通常である。

子どもはそのような親や家族の期待に応えることで受け入れられ、さらに深い愛情の中に入れられていく。だから、子どもは必死で努力するのである。このようにして意欲が生起し、人との関係の中で展開され、学習され、大きくなり、本能のように身についていくのである。愛情を基底にした期待と、それへの応答こそが、向上や発展の意欲を育む唯一の(意欲の)システムであると考える。

光の子どもの家の門を叩く子どもたちの多くは、決定的にこのプロセスの経験が無いか、少なかったのである。ここで出会った子どもたちのそれまでの環境は、劣悪さを極め、生まれることでさえ期待された子どもは稀なのである。

愛され期待され、努力してその期待に応え、舞い上がるような賞賛や、忍耐して対応し誇らしい評価をともにして感動した経験のない子どもに、どうして向上や発展への意欲などが生起するだろう。絶望的な状況で育ちながら、その優しさや明るさに感動させられ励まされさえするのである。

そんな子どもたちと身を寄せ合い、親たちに残された可能性を集め、共にそのプロセスを再生し経験し直していく。願ったように状況が推移するという何の保障のないまま、手探りの、気の遠くなるような関わりを展開していく。愛と期待の証としての関わりを。

愛は、条件や報酬を保障された労働行為などの中にはあり得ないことを銘記することも、教育や養育に関わる者には不可欠である。(1998年8月)

菅原哲男著「誰がこの子を受けとめるのか」より

(http://www.kyorei.ed.jpをご覧下さい!
運動会の子供たちの様子がビデオ映像で見られます。)

内閣府は、無核府!(核の無い府)

2013年9月29日の共同通信によると、内閣府は以下の推計を発表したという。

家事、育児は年138兆円 内閣府、無償労働を推計

家事や買い物、育児、ボランティアなどに充てられた「無償労働」を金額に換算すると、2011年は過去最高額の約138兆5千億円に上ることが、内閣府の推計で分かった。

 名目国内総生産(GDP)の約3割に相当し、無償活動の8割を女性が占めた。内閣府は「女性の社会進出が進み、家事や育児の一部を企業や保育所などに任せれば、産業が振興して経済成長につながる可能性がある」と指摘している。

 無償労働の中で「家事全般」が最も高く約88兆6千億円。買い物は約27兆2千億円、育児は約14兆8千億円、介護は約3兆4千億円だった。ボランティアなど社会活動は約4兆5千億円。
2013/09/29 16:27   【共同通信】

「家事や育児の一部を企業や保育所などに任せれば、産業が振興して経済成長につながる可能性がある」という考えがそもそもおかしいのです。子育てを商品にし、人任せにすれば、お金は動くかもしれませんが、社会の基盤となる人がちゃんと育っていかない。

子供をちゃんと育てることがいかに大切な仕事であるかは既に言い尽くされている。子供がちゃんと育てられなければ、この国の将来は危うい。その子育てを企業や保育所に任せればいいと簡単に考えている。子育てをその程度にしか理解できない国の中枢の人達の認識に、この国の危うい将来が伺える。

 

最近、共産党橫浜市議団が、橫浜の保育の実情を調査し、企業保育所の決算を発表した。

それによると、株式会社運営の認可保育所の人件費比率の平均は約53%。一般的に社会福祉法人の認可保育園では、経験のある保育士が勤務している保育所は80%程度と言われていて、それを考えると株式会社の保育士の給料はあまりにも低い。経験のある保育士がいるのかと疑問を呈さざるを得ない。給食業務などは、外部委託しているので、一律には語れないが、常勤保育士数との関係から常勤保育士一人当たりの給与を割り出し(推計)てみると、一人当たり約200万円。(月額16万6000円?)ボーナスは30万円程度と市議団は報告している。これが総支給額としたら、手取りはいくらになるのだろうか。

更に決算書を見ていくともっと驚く。ある保育園では、橫浜市の補助金は4052万円。経理区分間繰入金支出として、本部に移した額が3475万円。何と、橫浜市の補助金の約86%が移されている。ここから新設の保育園の費用や株主への配当金が払われているのだろうか。

この決算書は、子供の生活にかかる費用や職員への費用がとても少ないのが特徴だ。給食費は579万円、保育教材費は422万円とある程度の額が計上されているが、この中からどれだけ関連会社に流されているのだろうか。詳細は不明である。消耗品費は年間45000円。少ない。職員の研修費も年間23000円程度だ。これでどんな研修ができるのだろう。

市議団が指摘している通り、給食の外部委託や子供たちの教育のための講師料が年間1760万円となっており、これが関連会社の定期収入となっているようだ。

決算書を見る限り、国や地方自治体の保育費用がビジネスの事業展開費用として回されており、橫浜市や国の保育費用が子供たちの保育に使われる仕組みになっていないのではないかと思える程だ。

こんな状態が企業の運営する認可保育所の現状だとすれば、本当に子育てを企業や保育所に任せていいのだろうかという疑問が湧き出てくる。

子育ては14兆8000億円などと、無償労働の金額を机上計算する人達に、それだけの費用を「子ども手当」で国から支給したら、どれだけ家庭が潤い、子供たちの心は安らぐだろうと言ってやりたい。

子供を育てることは国の根幹を支えることだとということを理解していない人たちが、国の中枢を司り、国の方針を決めている現状に、家庭や保育現場からは嘆きの声がでるばかりだ。

情動と記憶(一時保育の問題性)

脳の学習力(S.J.ブレイクモア・U.フリス著・岩波現代文庫 乾敏郎・山下博志・由田千里訳)には次のように記してある。

「情動にはしばしば記憶が関係し、記憶はしばしば情動を伴う。情動的なでき事、とくにネガティブな情動を伴う出来事は、中立的なものよりもよく記憶される。動物および人間での研究から、脳の情動系(大脳辺縁系ともよばれる)の重要な部分である扁桃体が、恐れや悲しみを引き起こす出来事と関係することで強められた、長期記憶の形成に関与していることが示されている。」(P313〜P314)

この一文を読んだとき、保育園の「一時保育」の問題性について強く感じた。

保育園に入園するとき、多くの保育園は「慣らし保育」を実施するが、世界一大好きなお母さんと離ればなれになることの不安感や恐怖感について、それを和らげることを主目的としている。

この慣らし保育でさえ、子供の心に影響を与えないかを心配する。つまり、このネガティブな体験が子供の長期記憶として刻まれてはしまわないかという心配は、私の心から消えてなくならない。

その内、子供は、あきらめと他にすがりようがないという状況を感じてか、お母さんの代替えとして、心優しい保育士を子供の側から選んでいく。

人生理不尽なことはたくさんあり、そうしたことにも慣れていかなくてはならないことは大切な事だとは承知するが、それでも子供の脳が敏感で柔らかいうちに、まだ言葉が獲得できていないうちに、あまり不安を感じさせるような出来事は、経験させない方がよいということは強く思うのである。

こうした不安体験が幼い子供の心に刻まれ、やがて思春期に出てくる。これは、長期記憶とネガティブ体験との関係からすれば、容易に推察できるのであるが、若者の自信のなさ、小学校でのさまざまな子供問題などを考えるとき、私にはどうも、012歳児期のおける「不安体験」との関連が強く感じられてしまう。つまり、保育園はそのことを重く受けとめなくてはいけないのではないかと考えている。

保育園の「慣らし保育」でさえ問題があるのに、その日に保育園に連れて来て、すぐに保育園に子供を長時間預けるという「一時保育」について、なぜ保育学者は異議を唱えてくれないのだろうか。驚くことに、この「一時保育」は保育園の主任保育士加算が認められるための4つある特別保育項目の一つであり、国が強く推進している事業である。

これは、「育児放棄」や「児童虐待」に対する対処策として考えられているようだが、保育現場では親のレジャーや買い物など、本来の趣旨からは外れた利用が許されるようになっていると聞いた。この「一時保育」自体が、子供の心に悪い影響を与えているとしたら、これは直ちに考え直していただかなくてはいけないと思う。

現場の声を聞くと、多くの保育士が「一時保育」の問題性を訴えている。泣きっぱなしの子供に何の対応もできない状況。只でさえ、基準以上の子供たちを長時間にわたり集団で保育している上に、泣きっぱなしの一時保育の子がクラスに入ってくる。これでは、保育士は息切れもし、すり切れてもしまうのである。

学者先生、早く調査して、問題を国に指摘して下さい。

小笠原舞さん“女の権利は語るのに「こどもにとって」は議論しない日本社会”

保育士として保育現場を知っている小笠原舞さんが、寄金佳一さんの「Handmade Future」で、子供の視点で保育問題を語ってくれています。

http://yorikanekeiichi.com/ogasawara-mai-says-dangers-to-the-children-on-the-waiting-list-zero-1-3405.html

大切な発言ですので、再掲させていただきます。

待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “女性の権利は語るのに「こどもにとって」は議論しない日本社会”

待機児童は減ったほうがいいに決まっている。ワークライフスタイルの自由は保証されるべきだ。だが、昨今の風潮にあえて異を唱え、課題解決に取り組んでいるイノベーターがいる。

現役の保育士で、なおかつ「保育士という立場だけでは変えられないことがある」とasobi基地を展開する小笠原舞さんだ。子どもに関わる深刻な課題が山積する中で、待機児童問題の解消だけを極端に推し進めれば、社会が壊れてしまうと彼女は言う。

徹底した現場主義の彼女には、いったい何が見えているのか。インタビューした。

小笠原 舞(おがさわら まい)
1984年生まれ。企業に就職後、保育現場へ。保育士を務めるかたわら、こどもたちのより良い未来を目指して、こども未来プロデューサーとして活動を始める。
2012年夏より始めた子育て支援コミュニティ『asobi基地』は、多くの人々に支持され、いまやほぼ毎週末イベントを開催。
2013年6月には、フリーランス保育士の小竹めぐみと共に『合同会社こどもみらい探求社』を立ち上げるなど、常に新しいチャレンジをし続けている。

(6月、渋谷区桜丘のLENNONにて)

——小笠原舞さんは先日、前・横浜市長である中田宏代議士の『待機児童ゼロに向けて ~横浜方式の横展開をやってはならない』という記事を見て、Facebookで「とにかく、こども達の心のことやこどもの権利のことを誰か書いて!」と言っていたんですよね。

これは中田宏代議士の個別の記事がどうのというより、待機児童問題を語る社会やメディア全般に違和感を抱いていたと。それ以前にも何度か、違和感を語る投稿をしていましたよね。

 

僕は横浜市で4歳と1歳を保育園に入れながら子育てをしているせいもあって、実感するんですけど、確かに世の中は横浜市の待機児童ゼロを目指せだとか、いかに減らすかしか議論していない印象を受けます。小笠原舞さんの意見というか、目の付け所は、世の中の大多数にとってユニークだと思ったので、話を聞きたいと手をあげました。思う存分語ってください!

このままでは “こどもたちの心” が危ない

小笠原:保育士として東京都の研修に参加したとき、保育総論を担当している行政の方が「待機児童がゼロに近づきました、これだけ減らしました」という話をしていました。待機児童をゼロにすることで出てくる課題はないのか? という疑問を持ちました 。

もちろん、困っている人がいるので、待機児童を減らすのは大切だと思っていますし、保育園をつくるなとは全く思っていません。たくさんの同世代の友達がいるから社会性や協調性を育めたり、一人っ子でも違う年齢の子とふれあえたり、家庭とは違う力をつけられたり、集団生活ならではの大きなメリットがあるのもわかっています。

でも、今の日本社会は「ハコだけつくって、保育士をとりあえず集めて、待機児童率が下がりました」「数つくって、数さばきました」と効率化に偏っているように見えます。保育園を作ることがゴールではなく、1回オープンすれば、答えもなく終わりのないこども達との長い人生の旅が始まるんです。保育士たちと、待機児童問題について話すと、みんなが口を揃えて言うのは、こども達の心がこのままでは危ない、日本の未来は危ないということです。

なぜ女性の権利は議論されるのに、こどもの “親と一緒にいたい” という気持ちは議論されないのか

小笠原:先日も新聞に 「女性の社会進出で経済力アップ」とあり、働く女性の就労支援の視点のみで書かれていました。経済回復には女性の就労が必要だというシナリオなのはわかるのですが、こども側の視点が1つも書かれていなくて、不平等だと思ったんです。働く女性の支援と、待機児童問題 “しか” 報道されていない。

でも、そもそも、こども達の視点という考え方に気づいていない大人が多いのだろうと思っています。自分もこどもだったことがあるから、こどものことをわかっている“つもり”になっているだけなんじゃないかって。

こどもの心の成長について勉強したり、こどもに関わったりする機会ってとっても少ないと思いませんか? だから、こども達の人権・権利という視点にさえ、たどり着かないんだと思うんです。

自分のこどもだけど、こどもも一人の人間。大人と同じく心や権利がある。そう考えると、仕事と子育てという親のバランスの支援だけでなく、親と離れて保育園に通うという大きなチャレンジをしているこどもの気持ちのサポートだとか、こどもの “親と一緒にいたい” という気持ちをどうフォローしていくのかだとか、こども側の課題にも触れていかないと、こどもも一人の人間なのにフェアじゃないと思うんです。

こどもについて考える機会がなく、こどもを知らないがために、結果として未来の日本を創っていくこどもたちの心が病んでしまったとか、愛着障害・愛情不足による自己肯定観の損失などの深刻な問題が生まれてしまったとか、全員でないにせよ、問題もあります。“気づいてない”ということが、日本の一番大きな課題だと思うんです。

夫婦で遊びにいくために保育園を利用、こどもが涙を見せるケースも

——日本は子どもの権利条約を批准しているはずなのに、“こどもの人権”って、なかなか耳慣れないですよね。理屈ではわかるんだけど意識はされていないシロモノになっている感覚があります。

つまり、大人の都合ばかりで、「こどもたちにとってどうなのか?」という視点が不足しているのではという指摘。実際、保育現場にいて、どんな問題を実感してますか?

小笠原:例えば(東京都独自の)認証保育園は、どんな理由でも預けられるんですよね。お金を払ってくれればサービスとして提供するので、拒めない。聞いた話によると、土曜日に夫婦で遊びに行くとか、「ヨガに行ってきます」とか、「ちょっと車を買ってくるのでお願いします」というパターンも聞いています。

保育園の機能として子育て支援があるので必要だと思っています。ただ、預けられたこども側の気持ちもちょっと考えてみてほしいなと。一緒にお出かけするのかと思って家を出てきたら、到着したのは保育園。さらに、平日と違ってメンバーが違ったり、人が少なかったりするものだから、不安になり、泣いてしまう。

保育園は何のための場所なんだろう? 誰のための場所なんだろう? 保育園がたくさん増えていくならば、この問いをもっと考えていかなければいけないと思っています。東京都が、親の私用での保育利用を認めるのならば、その分、こどもとの関わり方など育児において大切なポイントの講座を受けられるなど、こどもの権利側のフォローもしてほしい。大人の権利の支援があるならば、同じようにこどもの権利の支援があるべきで、それで初めて、大人もこどもも権利が平等だということだと思うんです。

“多様性” という言葉を耳にする機会が増えましたが、とっても違和感があります。こどもの権利について保障されてはじめて、本当の意味で多様性社会になるんだと思っています。まずは自分の身の回りで実現しようと、asobi基地では 「大人もこどもも平等な場所」というキャッチフレーズを付けて、大人とこどもの権利をフラットにとらえる文化をつくろうとしています。

時代が変わったのなら、保育園の位置づけを整理しなおすべき

小笠原:国がそもそも、保育園や幼児教育に関してどういう考えを持ち、戦略を練っているのかが、伝わってこないんですよ。予算的にも、他の先進国に比べて低いですしね。こどもたちが今後の日本をつくるわけだから、幼児期の大事な時期について、もっと議論したり、予算をつけてもらったり、重点が置かれてもいいんじゃないかと。

保育園はもともと、戦争や貧困などの時代背景によって必要不可欠な施設として、社会福祉施設としてつくられたものです。でも現在では社会の事情が変わり、女性が働くための支援としての意味合いが強くなっています。「社会福祉」としての保育園のままでいいのか、という疑問もあります。時代が変わったのなら、保育園の位置づけも整理しないといけないのではないでしょうか。

東京都では認証保育園がメインになりつつあって、これから株式会社が参入してくるとなると、もっと “サービス” としての保育が進む可能性が高まります。保育のサービス化が100%悪いという訳ではもちろんありません。が、保育園ってそもそもなんなのか? どういうときに使っていいのか? 使うときのルールはあるのか? について、こどもたちの現状の課題を踏まえたうえでの議論がないまま、保育園の数だけが増えていくのは疑問です。

保育=サービスという意識が強まれば “こどもたちの気持ち” が置き去りに

小笠原:働くのはOK、こどもは預かるからと保育園がどんどん立って、どうぞ働いてくださいで終わりになってしまったら、こどもの気持ちは置き去りだと思いませんか? 多様性を認める社会、人権のフェアはどうなってしまうのでしょうか? 大人たちの都合を考えると同時に、こどもたちの都合も考えるべきです。

保育園に預けるメリットはたくさんありますが、同時にデメリットもあるわけです。大人たちのフォロー次第でどちらにも転びます。保育園側が、預かる際にこどもへの声のか掛け方や気持ちの受け止め方などフォローの仕方を説明したり、保育園利用を考えている人に、こどもについて知る勉強会受講を母子手帳配布時に伝え、実施したりするような仕組みが作りたいんです。サービスとしての保育が提供される代わりに、何が奪われ、どうやって補えばいいのかを伝えていく必要があると思います。

2012年11月に視察へ行ったトロントでは、有志の看護師さんたちが無料の研修「Nobody’s perfect」というプログラムを提供していました。学びの場を多く作るように、国として取り組んでいます。最後の選択は個人であるとしても、「知れる場がある」「学べる場が利用しやすい形である」というように、誰でも平等に機会が得られる仕組みがトロントにはありました。完璧な親も子もいませんが、大人の意識によって、こどもの育つ環境がいくらでも変わってしまうのですから。

ときには「メンタルぎりぎり」に心をすり減らす体験もする保育士の仕事

——今回の話をする上で、読み手の方々とひとつ共有しておきたいと思うのは、保育士の仕事の大変さについてです。僕自身、保育園を利用していて、保育士さんには頭があがらない。こどもが転んでちょっと擦りむいた程度でも平身低頭で謝られるんです。そんなの、こどもなら年中。外から見ていても、気づかいが尋常じゃない。

うちの子たちが通う保育園に、この春に新しく1歳児と0歳児が15人くらい入園してきてました。みんな入園当初は、突然親に置いていかれて、号泣するんですよね。すると、もともと通園していて慣れているはずの子たちも、もらい泣きしちゃう。凄まじい状況でしたね。

 

小笠原:そうですね。3年前に、今いる園が開園したときのことを、今でも鮮明に思い出します。0歳から5歳まで40人くらいの新入園児がいました。1か月間くらいは様々な学年のこども達が「ママー」と1日中泣いていました。とっても懐かしいなぁと今では思うことができますが、本当に当時は大変で、結構メンタルぎりぎりでしたね。

仕事と言えども、こんなに泣くのに引き離して大丈夫か、と複雑な気持ちで過ごしました。場所や人に慣れていない=大きすぎる不安。すぐ帰れるように靴下を脱がない子、連絡帳を持って帰りたいと泣いている子、眠いのに安心できず眠れないけど眠くて泣いている子。それぞれが不安をいろんな形で表現している状態でした。

今ではその子たちも、とってもたくましく育っていて、1人で寝つける子がほとんどになりました。今は、笑って話ができますが、あの時の光景は一生忘れられないと思います。「ああ、いくら頑張っても、そりゃママにはかなわないよなー」って体に染みました。だから、その日限りで実施するasobi基地では「託児」はやっていません。

繊細な気配りと、高度なスキルが要求される保育現場

小笠原:0~2歳は人として生きるために生物学的に必要な発達がほとんど。子どもたちの世界を広げていくのと同時に、歩行、食事、トイレに行くなどのサポートが中心となってきます。1歳半くらいから少しずつ言葉でコミュニケーションが取れるようになりますが、噛みつきが増えてくるので、起こらないように注意してこども達を見ることも重要です。

3歳をこえると、今度は複雑な心の発達の段階へ入ります。とても大事な時期だからこそ、喧嘩ひとつの仲裁や、自立への支援の仕方など、保育士のひと声や関わり方が大きく影響していくので、すごく気をつかいます。朝から夜まで12時間など、眠っている時間を除けば親よりも長く一緒にいるわけで、プレッシャーがあります。その分、感動や嬉しさも大きいですけどね。

こども達自身の成長のサポートと同時に、親御さんとどれだけ連携して一緒にこどもを育てて行けるのかが、大きな鍵を握ります。毎日の送迎時や連絡帳、保護者面談などでよくコミュニケーションを取り合い、信頼してもらえるようにする。悩みの相談につながり、一緒に課題を解決するパートナーとなっていけます。

本当に色々なことを考えて、親にもこどもにも言葉を選び、伝えています。「保育士に必要なことは?」と聞かれたら、間違いなく“コミュニケーション能力の高さ”と“観察力”だと言いますね。まあ、大変な仕事ですが、その分、毎日積み重なっていく人間の成長を見られるので、すごくいい仕事ですよ。

保育園を急激に増やせば保育士の質が低下する?

——僕は横浜市在住です。待機児童ゼロのおかげで、確かに保育園には入れやすくなりました。いまは徒歩で30分はかかる場所まで、自転車で通っているんですが、近くにも保育園ができたんですよ。

でも、保育園を変える気にはなれないんです。なぜなら、いま通っている保育園の、経験とノウハウ、時間の積み重ねによって裏打ちされた安心感や、行き届いている感が半端ではないから。

個人的な実感ですが、ポッと新しくできた保育園にこどもを預けるなんて、親としても、入園するこどもにとっても、怖すぎるんですよ。数だけ増やしても、保育士どうすんのと。預けている側の感覚からしても無理があるだろうと感じるんですけど、現場からはどうですか?

小笠原:活動を通して、いろいろな保育園で働く保育士に会いますが、みんなが何かしら矛盾を抱えながら保育をしているなと感じています。安倍総理は横スライドで「横浜でできたんだから全国でできる」なんて言うんですけど、保育士の質や、保育園の社会的位置づけに対しての意識がどう変化していくのか、とても心配です。

私個人の意見としては、親は親にしかできない役割を認識した上で、仕事をし、保育園に預けてほしいと思っています。保育士はこどもたちと一緒に過ごす時間が長いので、信頼関係は結べます。が、一番大切な、人間の核となる部分の成長に関しては、ママやパパに勝れない部分があるんです。保育園をどんどんつくるならば、親が発達心理学を勉強したり、愛着形成について知ったりできる機会を同時につくらないといけないなと。

人間がどういうふうに心を獲得していくのかという過程は、保育士だけでは担えません。1人の人間を育てるって簡単じゃないんです。家庭と保育園とが、お互いを尊敬しあい、役割を分担し、助け合えたとき、こどもがより良く育っていくと思っています。

こどもたちを見ていて涙が出そうになることがある

小笠原:私たち保育士は、子育てのサポートはできても親にはなれないので、すごくもどかしいんです。私たちが抱っこしても、「ママがいい!ママに会いたい」って涙を流す。ママのほうがいいよね、そりゃってなるわけで。

こども達はそのうち泣き止んでくれますが、本当の心の奥底を想像すると、いろいろと考えてしまいます。今日はいつもより頑張ってるんだなとか、最近寂しいのかなとか、話したいことや訴えたいことがあるけどうまく言えないのかなとか。

自分の感情をうまく言葉にするのは難しい作業です。でも、こどもを近くで見ている分、彼らのいろんな感情表出に出会い、それがこども達の心の声の訴えに聞こえることがあります。なんだか涙が出そうになることがあるんです。

家庭と保育園のコミュニケーションが重要

でも、だからと言ってお父さんお母さんを責めるわけではありません。だって、お仕事しなければ違う問題が出てきますからね。大事なのはやはり、保育園と家庭とのコミュニケーションです。

例えば、最近どうですか?という何気ない会話から、「ちょっと忙しくてイライラしがちで……」とでも言ってもらえれば、こどもの訴えの理由がわかり、一緒に解決方法を考えられます。「じゃあ週末に、2時間だけでも、この子と二人っきりで仕事から完全に抜ける時間を作ってみるのはいかがですか?」などと言えるんです。

ママやパパも「あ!」と何かに気づき、ぱっと表情が明るくなり、実際に行動してもらえたり、こども達が明るく変わったりということが多々あります。親子の気持ちって、本当に直接伝播するのですよね。

保育士としては、忙しい中で、仕事と育児をする親御さんたちには、本当に頭が下がりますね。大事なのは時間ではなく、密度だったり、「ごめんね」ではなく「仕事させてくれてありがとう」「お互いの時間と世界を楽しもうね!」という気持ちだったりだと思います。

加えて、自分自身に向き合う素直さが大事だと感じます。親も保育士も。いま目の前にいるこどもを見て、どうするかを一緒に建設的に考えていくことが、こども達の心の成長に一番いいと思っています。

保育園だけでは子育てはできない

小笠原:私は、今のままの政策で進んだ結果がとっても怖いんです。「もっと働け!」と国に言われ、保育園がボンボンできる。こどもを一人の人間として考えたり、思いやったりする時間と場所がなくなり、人間が育つ上で一番大事な要素が抜けていってしまうのではないかという恐怖があります。

私がこどもを育てる上で大事にしたいと思うのは、親と子の両方の心のバランスです。大人と子どもがお互いに納得して保育園に行っていたり、親が子育て生活を楽しめていたり。なんでもないことだと思うかもしれませんが、本当に大きいんです。バランスが取れているこどもって、どこへ行っても遊べたり、世界を冒険できたりします。

発達心理学では“心の安全基地”という言葉が出てくるのですが、これができていると「何をしても自分は大丈夫」「ここにいていいんだ」という心の土台ができて、バランスを取りながらチャレンジできるケースが増えてきます。自立という人間の大きな目標に向かっていけるのです。“心の安全基地”をつくることが、人間が生きる上で一番大切です。安定できるかどうかが、チャレンジ精神や自己肯定感につながるからです。

心の安定には、親や家族が一番大きな影響力を持っています。こどもが生まれてしまえば、誰でも親という立場を得られます。が、子どもの育て方の完全マニュアルや正解はありません。親自身が子どもを見て、向き合い、軸を決めていく。親自身が世界を広げていけば、こどもの世界や可能性も広がります。親も、こどもと一緒に成長していかないといけませんよね。これは保育士も同じですが。

こどもたちの心へ目を向けなければ日本が崩壊する

さらに、子育ては世代を超えて連鎖していきます。自分が親から受けた子育てしか知らないわけですから、されて嫌だったことを反面教師にしようと思わない限り、無意識に次へ伝わっていってしまうんです。負の連鎖を防ぐこともとても重要です。

また、親になる二人(夫と妻)が、自分の親がしていた子育てを思い返し、次の家族をつくっていくために、二人の子育て観をすり合わせて行く作業も、とっても大事ですよね。人生を共にするパートナーであり、ひとりの人間を育てる一番近いチームメイトなのですから。

こどもを取り巻く問題が多い今の世の中です。いじめや不登校など、心の問題がこれだけ増えている印象があるのには、理由があるのではないでしょうか? 子どもたちからのサインだとさえ思います。

「こども達の心を育てる」ことに重点を置いて、保育政策や子育て支援を形作っていけば、もっと幸せな子ども達、親たち、家族が増えていき、少子化に歯止めがかかると思っています。

今のままだと、いつか裏目に出るんじゃないかなと思っています。例えば20年後、今のこどもたちが社会に出たときに、みんなの心が育っていなかったら「日本が崩壊してしまう」と危機感を持っています。

『【後編】待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “一人では変えられない社会も、それぞれが自分事として取り組めばいつかシフトチェンジする”』はこちら。イノベーター保育士・小笠原舞が挑む具体的解決策を聞いています。

【後編】待機児童ゼロに潜むリスク|asobi基地・小笠原 舞 “一人では変えられない社会も、それぞれが自分事として取り組めばいつかシフトチェンジする”

「便利な保育園」が奪う・・U-CAN「保育の手」夏号で紹介される。

拙著「「便利な保育園」が奪う本当はもっと大切なもの」が保育士資格取得・通信講座のU-CANの『保育の手」2013年夏号の「保育の本棚」に、『保育士試験を受けるにあたって、ぜひ読んでおきたい本を紹介します。』として紹介されました。

本の表紙の写真に加えて、次のような紹介文がありました。

待機児童問題対策のために保育の企業参入が認められる一方で、次世代を担う子どもたちにとってどのような保育が本当に望ましいのかという議論が十分になされていないようです。

長年保育を実践してきた著者は、大人の都合だけで、保育サービスの「便利さ」を追求することの危うさを訴えます。また、いわゆる三歳児神話には理由があるとして、外国の実例などを紹介しています。

新聞やテレビでは、便利な保育園が増えるのは望ましいこととする論調が目立ち、著者のような反対意見がじっくり紹介される機会は少ないようです。しかし、経済目線の保育政策を批判し、子どもを守ろうとする著者の意見は、読者自身の働き方や生き方を考える上でも大いに参考になるでしょう。

大変光栄です。短い文章の中に、私の本の、訴えたいポイントを的確に掴んで表現する文章力には、本当に感心しました。プロのなす技なのでしょう。

この本は、保育問題について、何が問題なのかをわかりやすく整理したものです。是非、ご一読ください。hoiku_cover-obi

BSフジ・プライムニュースの話2

さて、番組のタイトルは「待機児童ゼロを実現 横浜市長」ということでしたから、取材は横浜保育室、コンシェルジュなど、横浜市長の待機児童ゼロを実現させた手腕に焦点を当てた番組構成でした。そこに、なぜ長田が起用されたか?そこは番組のプロデューサーに聞かなければ真意はわかりません。

私としては、既に「便利な保育園が奪う本当はもっと大切なもの」を出版していましたから、その本を読んでくださり、林市長の進める待機児童ゼロ作戦に異論をはさんでくれる人材を求めていたのだと理解し、私の日頃考えていることを正直にお伝えしようと心に決めました。

幸い、フジテレビのお迎えが遅く、遅刻したことによって、まったく事前の打ち合わせ無しに本番を迎えましたから、私としては、番組の趣旨を考え、自分の発言を調整しなければならないような指示もありませんでしたので、考えていたことを発言できたことは良かったと思っています。

NHKの某プロデューサー氏も、この番組を見て、次のような感想を下さいました。

「まずは、色々な意味で『拍手!』でした。
第一は『この番組が長田先生をゲストに起用したこと』です。
先生が林市長に対してどのようなお話をされるか、担当のディレクターは事前に分かっていたでしょう。分かっていて先生を起用した番組ディレクター、それを許したプロデューサーに敬意を表したいと思います。
長田先生をゲストに、それも一人だけのゲストとして選んだ勇気は素晴らしいと思います。
この番組には株式会社の参入を讃えるような意図的なものがなかった。司会者も決して林市長に迎合してはいなかった。そして、長田先生がご出演なさったことで、この番組は、決して『橫浜市の取り組みを讃える』 ものにならなかった。しかも、林市長自身、取り組みや認識の不足、今後の課題などを認めざるをえないことになった結果まで導きました。今のNHKにはできない番組だ、と思いながら見ました。」

このような応援をいただけるので、私は私の持論を自信をもって展開できます。本当に有り難うございました。

さて、問題は株式会社の配当についてです。この点についてはしっかり論じなければならないと思っています。次回に続いていきます。

BSフジ LIVE プライムニュースに出演しました。

2013年5月15日。BSフジのライブ・プライムニュースに出演させていただきました。

出演の依頼は前日14日にありました。杉並区の行政不服申請で大きくニュースに取り上げられていた待機児童問題は、安倍総理のウーマノミクス・”横浜方式に続け”との宣言もあり、今や林横浜市長は待機児童ゼロを実現させたヒーローとなっています。その橫浜方式についてどうかということで、番組から私に出演依頼があったのです。

夕方には担当者からテーマに沿った問題について、電話で質問をされ、それに答えた後、後半のワークライフバランスの問題についても発言してもらえるかとの依頼でしたので、即了解をし、出演を決断しました。

このプライムニュースでイケダハヤトさんを知り、イケダさんのご援助でブログも書くことができるようになりましたので、私にとってはとても価値のある番組です。そして、と、プライムニュースであれば、現場の持っている問題をある程度きちんと話す事ができるかもしれないと思ったからです。

さて翌日の朝、番組の構成表をファックスでいただくと、タイトルは『待機児童ゼロへ急改善 市長が語る”横浜方式”』ということで、とにかく”待機児童ゼロ”を実現させようとしている林市長の手腕と成果を誉め称えるような流れになっており、私の存在はオカズのようでありました。

しかし、なぜ、横浜保育室のような“便利な保育園”に対して異論を唱えている人間が、そこにコメンテーターとして採用されたのでしょうか?よく、考えてみました。つまり、プロデューサーは、何らかの意図をもって私を採用した。つまり、私の役割は、林市長の”横浜方式に異論をはさめ”ということだと理解したのです。

でも、ちょっと心配でしたので、松居和先生に電話し、もしフジテレビが了解してくれたら、一緒に出ていただけないかとお願いしました。

番組はライブですから、ちょっと言葉を間違えればとんでもないことになります。2週間ほど前に、森雅子少子化担当大臣がこのプライムニュースに出演したときは、隣に藤沢久美さんが居て、森さんを養護するように発言をされている場面を見ていたので、松居先生にその役割をしていただこうと思ったのです。

隣で支えてくれる人がいれば、勇気がでます。松居先生は一つ返事で了解してくださいました。

しかし、番組の構成と人選は既に決まっていて、変更の余地はありませんでした。そこで、覚悟を決め、一人でプライムニュースに乗り込むことにしました。
さて、15日18時15分前に、フジテレビからのお迎えタクシーに乗り込みました。

ところがです。中央高速は集中工事で高井戸まで2時間という渋滞表示。19時15分にはスタジオに到着して打ち合わせするとの段取りになっていましたが、国立辺りで車はぴたっと止まり、動きません。さて、どうするか?

担当ディレクターに電話すると、メドが見えたら連絡が欲しいといいます。遅れたら遅れたなりに対応するというのです。まあ、私の存在というのはその程度のものだということでしょう。

ノロノロ、ノロノロと、それでも車は進みましたが、高井戸辺りで、既に20時10分前。20時ジャストに番組が始まって10分経過した段階でも、私はまだレインボーブリッジの上にいました。「踊る大捜査線」気分です。

20時20分にやっとフジテレビの玄関に着きました。待っていてくれたスタッフと一緒に直ちにスタジオに入りました。もちろんノーチェックです。

既に、林市長、反町・八木アナウンサーはテーブルに座り、維新の会・橋本代表の問題がニュースとして放映されているのを見ているようでした。ニュース番組が終わり、コマーシャルになった段階で、私は席に着き、いよいよ本番です。持って行った資料とパネルを並べると、反町さんから、「パネルは、使わないでください。照明でハレーションを起こすので映らないから言葉で説明してください」と言われました。

さて、困りました。保育が抱えている問題について説明するには、いろいろなことを説明しなければならず、パネルを使えば短い言葉で説明できる考えていたからでした。

そのパネルを使ってはいけない。説明の手立てを奪われた私は、本当に困っていたのです。幸い、林市長は結構長い時間、橫浜方式について説明してくれましたので、気持ちを取り直すことができました。

私への最初の質問は「株式会社運営の保育所についてどう思うか」ということでしたので、やはり「国基準の不十分さ」を説明する以外に方法はないと決心しました。

その時、使おうとしていたパネルはこれです。この図は共励保育園の保育士・山村由希子が描いてくれたもので、国の保育士配置基準で保育をする4月の状況を示したものです。]

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そもそも1対6というのは、六つ子の面倒を見るということです。それを11時間から13時間もの長い間保育する。これは無理です。ですから、地方公共団体は国の基準に何らかの上乗せをして、この人間的でない保育の現状を和らげてくれていたのです。仮に橫浜市が4対1ということで加算をしてくれたとしても、4つ子を面倒見るということですから、イラストの保育士が、オンブにダッコ、それに保育士のエプロンをつかんでいる子、泣いて寄ってきた子、という具合ですからとても大変なのです。

この、「あまりにも不十分な国基準」ということを理解していただけないとすれば、私がいかに株式会社運営の保育所の問題性を説明しようとしても、チンプンカンプンになってしまうでしょう。私は、このイラストを使う事を禁止されてしまったのです。

もっとも、全くの打ち合わせなしにスタジオでライブ放送をしたのですから、反町さんとしても、事前に了解していないようなイラストを使うということについては、許可はできなかったのでしょう。

そのような訳で、私の前半の説明は、よく理解されないものになってしまったと思いますが、それでもその場に私を置いてくださり、質問を投げかけてくれましたので、私はちょっとは救われたのだと思います。

番組を見始めた段階で、息子や妻は、「どうなるだろうか、ハラハラ・ドキドキした」と言っていました。

(続く)

イノベーション・オブ・ライフ

イケダハヤト氏ご推薦の世界で最も影響力のあるマネジメント50人(Thinkers50)で第1位を獲得したクリステンセン教授のハーバード・ビジネススクールの最終講義「イノベーション・オブ・ライフ」(クレイトン・M・クリステンセン著)を読みました。

イケダハヤト氏は、共励保育園にまで足を運び、3時間半の取材後、ご自分のブログに共励保育園の保育について印象を書いてくださいました。その後、拙著「便利な保育園が奪う本当はもっと大切なもの」についてイハヤト書店で紹介してくれています。

http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/20136(イケダハヤト氏の感想)

http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/20150(ノマド・ワーキングについて)

さて、表題のイノベーション・オブ・ライフ、この本にはとても大切なことが書かれています。子を持つ親のための必読書です。

「ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」(How will you measure your life.?)と副題し、豊かな人生を送るために、ハーバード・ビジネススクールを卒業する若者へ贈る言葉としてまとめられたものです。

その中の「人生の投資を後回しにするリスク」(102ページ)には、次のように記されています。

『とくに前途洋々な若きエリートたちが陥りがちな間違いは、人生への投資の順序を好きに変えられると思いこむことだ。たとえばこんなふうに考える。「いまはまだ子どもたちが幼くて、子育てはそれほど大事じゃないから、仕事に専念しよう。子どもたちが少し成長して、大人とおなじようなことに関心をもつようになれば、仕事のペースをおとして、家庭に力をいれればいいさ」。 さて、どうなるだろう? その頃には、もうゲームは詰んでいるのだ。人生の試練を乗り越えるためのツールを子どもたちに与えるには、それが必要になるずっと前から・・たぶんあなたが思っているはるか前から・・子どもに投資しなくてはいけない。』

以上のように前書きして、生後数年間の子どもへの関わり方がいかに大切かを示します。ハーバード・ビジネススクール版「三つ子の魂100までも」です。

生後2年半までの、「親の語りかけ」が与える影響はとても重大で、この語りかけについては、単に子どもに何かを語りかければいいというわけではなく、「仕事の話」(用向きの話)という子どもに一方的に指示する言葉がけより、「言葉のダンス」という親子で楽しく言葉を交わす言葉がけの影響がとても大きい事を知らせてくれます。

そして、子どもたちが学校にあがってからの追跡調査でも、子どもたちが生後30ヶ月間に聞いた言葉の数と、成長してからの語彙と読解力の試験の成績とは、とても強い相関(0.78)があったとのことでした。

同じクリステンセン教授の著書「教育×破壊的イノベーション」の第6章「幼年期が生徒の成功に与える影響」には、幼稚園入園前になされるべきことがうまくなされれば、学校の仕事はかなり楽になるとして、次の3つの事をあげています。

1.幼児期に知的能力を開発すること。
2.強い、肯定的な自尊感情(核となる自己像)を養うこと。自尊感情は生涯にわたって育まれるが、その基盤は幼児期に確立される。
3.生涯にわたって学習を継続する動機となる、知的好奇心を触発すること。

これらは、共励保育園の総合保育の実践で子どもたちが獲得するようカリキュラムに組まれている内容となっています。

さて、仕事ばかりに心を奪われている親や政治家たちに、クリステンセン教授は次のように助言しています。

『人を雇って入学前の語りかけに成功していない親の代わりをさせる計画に資金を提供するよりも、親になる前の子どもに、親になるとはどういうことなのかを教えた方がおそらく効果が高いはずだ。(中略)生後間もない時期にどのような方法で子どもとふれあえば、子どもの学業面での成功を助けてやれるかという知識は、世代を超えた学業不振と貧困の悪循環に子どもとともにとらわれてきた、スラム街の若いシングルマザーに大きな利益をもたらすだろう。』

『また、この知識は将来の共働き夫婦にも役立つだろう。親になったばかりの共働き夫婦は、出産後できるだけ早く職場復帰しようとするあまり、乳幼児を早い時期から保育士の手に委ねることが多い。だが大勢の子どもを預かる保育士は、仕事の話(用向きの話)で手一杯なのだ。』(156ページ)

この助言は、ハーバード・ビジネススクールからの助言です。子供を保育園に預ける事ばかりに懸命になっている日本の親の方たちも、一歩立ち止まって、クリステンセン教授の助言に耳を傾ける必要があると思います。

親は、保育園には限界があることを、まず第一に知らなくてはいけませんし、「あまりにも不十分な国基準」だけで運営される株式会社運営の保育園では、「言葉のダンス」がどれほど保障できるかは、大いに疑問なのです。

どの子も自分のお母さんが、世界一大好きですし、お母さんとの対話(言葉のダンス)を望んでいます。その言葉のダンスは、子どもが言葉を獲得するずっと前から(生後12ヶ月が一番大切とのこと。また、胎内にいる間から子どもに語りかけることはとても大切と言われる方も多いです。)必要で、大切であるということは、やはり子どもが小さいうちは(特に0歳や1歳の子どもたちに関しては)、親が自分で育てることが大切のようです。

親だけでは大変ですので、子育て広場を利用すれば、子育てはとても楽しい体験になるはずです。012歳の子供を母親と分離させてしまう保育園の数を増やすより、親子で一緒にいられる子育て広場の方が、子どもにとっても、お母さんにとってもメリットはずっと大きいのです。それに、無理に保育園に預けようとしなくてよいのですから、待機児解消の切り札にもなります。

良識的な保育者は、集団での保育や教育は3歳からが望ましいと思っていますし、クリステンセン教授が指摘するように、012歳期での親との関わりが、後の集団保育・教育の質を支えるというのは、保育現場でも同意見です。3歳以降の集団保育が良い効果を持つことができるのには、012歳児期の親との関わりがとても大切だということです。

安倍総理が3歳までの育児休業を推進してくれることは、子どもたちにとって福音となります。お母さんにとっても、これは喜ばしいことなのです。それを、ご自分の仕事のキャリアと引き換えにするというのでは、あまりにももったいないのです。キャリアは何とか取り戻せますが、子どもの0歳や1歳の時期を取り戻す事はできないからです。

キャリアが取り戻せないと思い込むとしたら、会社がそのように仕向けているからでしょう。子育てを終わってから仕事に戻って、とても立派な成績を残している女性もいると聞いています。森雅子少子化担当大臣もそうだと思います。

20年経てば、0歳の子は20歳になります。社会に出てきた子どもたちが、よく育つかどうかは、012歳の頃の親との関わり(言葉のダンス)に強い関係があるとすれば、子育て時期のお母さんに対する配慮は、会社への投資であると社長さんも思った方が良いのです。

会社の社長さんが、若者を採用する段階で、社会的な力がないと悲鳴を上げていると聞いていますが、子どもが012歳のときに投資が大切だというクリステンセン教授の助言に耳を傾けるべきだと思います。これは、イマジネーションの問題でしょうか?いや、科学的に調査した結果、引き出された結論です。脳科学的にも証明されるでしょう。

日本の会社の社長さん、どうぞよろしくお願いいたします。

森まさこ少子化担当大臣に期待する!

5月6日の午後10時から放映された「ニッポンの大疑問αーどうする?少子化対策」(BS日テレ)で、森まさこ少子化担当大臣が、日本の子育てに、希望が持てるような発言をしてくださり、大変嬉しい思いを持ちました。

録画をしなかったので、発言の正しい内容は再現できませんが、私が感じたことを述べたいと思います。

以前、BSフジの「プライムニュース」に登壇されたときは、そばにいた藤沢久美さんがよく話され、森さんはあまり語らない人だと思っていましたが、その印象は消え去りました。

今回、森大臣は、とても見識のある意見を述べて下さっています。

特に母親の働き方について、女性のアナウンサーに「あなたは、お子さんをお持ち?」と逆質問をしてから、ご自分の体験を語り、「子供を二人育てながら、(長時間?)働くなんてムリ!ムリ!」と言い切っていたところが、とても潔かったです。

また、統計数字を使って「日本人絶滅危惧種」になってしまうということを、おっしゃっていましたが、その言葉の裏には、「子育てを大切にしないと」という意味が含まれているようでした。そうです、「子育てをしない哺乳類は絶滅危惧種になります。」

世の中では、働く女性から、「3年の育児休業は現実離れしている」との意見が多いようですが、森少子化担当大臣は、「働きながら子育てをしている人は何パーセントか知っていますか? 約25%ですよ!残りの75%は自分の手で子育てをしています」と発言し、子どもたちを保育園に預けたい人たちばかりの意見だけではなく、子供を自分の手で育てたいと思っている大多数の人達の意見を尊重しなくてはいけないことを強調され、働き方の見直し、いろいろな形の働き方が認められることが大切であることを訴えておられました。

そうです、子供が小さい内は自分の手で育てたいという母親は、国立人口問題研究所の出生動向調査でも、まだ69.5%います。埼玉県では、幼稚園に通う子どもたちは、70%だそうです。

マスコミは、ご自分達がそうだからかもしれませんが、待機児解消を叫ぶ一部の発言力の強い人達の意見を取り上げ過ぎのような気さえします。

森大臣は、少子化問題は、結婚しない若者に原因があり、経済的状況や若者の働く環境を整える策がまず取られなくてはならないと断言されていました。私もその通りだと思います。

子どもたちが求めて止まないお母さんを長時間働かせるより、若者が働く方が絶対に良いはずです。

いくら昨今の若者が外国の若者と比べて見劣りするからと言って、(これはある証券会社の支店長さん(元人事部長)がはっきり申していたのですが)、やはり日本の若者を育てていく責任は会社にはあるのだと思います。

尾木直樹さんの発言は、良くもあり、悪くもありでした。

株式会社の運営する保育園の危うさについては的確に指摘しておられましたが、「少子化対策には、非嫡出児も多いに認めてどんどん生んでもらうことがよい」などと発言されました。一体その子どもたちを誰が育てるのでしょうか。

決して、差別をするわけではないのです。夫婦揃っていても、一人の子供を育てるのは、とても難しいのです。我々保育者も一生懸命援助はしますが、やはり無理がでてきます。

「保育園に預ければ、子供たちの幸せが確保される」とは、とても言い切れない状況が広がっている以上、私たち保育者は保育の現場の状況をしっかり訴えなくてはならないのだと思います。

横浜の待機児を解消した事例は、待機児問題解消策の決定打のようにマスコミに取り扱われており、安倍総理も「横浜に続け!と明言されておりますが、あれで大丈夫でしょうか。

多分、横浜市の待機児解消策は、それ程遠くない将来に、問題が噴出するような気がします。すでに問題点も報道されているようです。5年後、横浜の小学校がどんな状況に見舞われるか。私は、学校の先生がその答えを示してくれると思っています。

イノベーション・オブ・ライフの著者 クレイトン・M・クリステンセンは、問題の一部のスナップショットを見ただけで対策・施索を立てることの愚かさを伝えてくれています。

全体像を理解できる人が施索を立てるのであれば、物事に必ず付随する裏表の問題について、少しは対応が可能にはなると思うのですが、待機児対策を見る限り、一部の強い意見によって、際立った問題だけに焦点が当てられ、その問題を解決するよう政治や行政に迫る強い動きが、結局問題を更に悪化させてしまうのではないかと感じられるのです。これは愚かなことです。「群盲像をなでる」にならないようにしてもらいたいものです。要は、現実の起こっている問題の真の出所を見つけることが必要なのです。そこを曖昧にすれば結局問題の解決には至らないのです。

さて、保育士は、保育の知識の欠けている総合規制改革会議のメンバーに、その誤りを教えてあげなければなりません。「子供たちのことを考えようとしない、考えることができない人達が、国の将来を語ることはできません。」

以上